エデンシティへの招待 ⑤

 それから、俺たちはもらった廃棄品の余りで簡単な食事をした。

 クラムはやはり疲れていたのか、食べ終わるなり眠りそうになった。何とか歯磨きだけさせると、案の定ソファですぐに眠った。

 フェキシーはクラムに毛布を掛けるとベランダに向かった。

 俺も洗い物を終えると外に出た。


 ベランダから広がる絶景に俺は思わず息を呑んだ。

 夕日に照らされる海とビーチ、緑豊かな大地と街灯に彩られた道路。島の一画にはガラス張りのオフィスビルやゴルフ場も見える。

 ここが富豪層向けのリゾート地だと身をもって実感する。


「思ったより時間かかっちゃったね。悪いね、付き合ってもらって」


「気にすることじゃない。……意外だったのは、フェキシーたちのコミュニティにこんなマンションに住む子がいることだよ」


「……別にあの子が特別ってわけじゃないよ」


 フェキシーはそう言って視線を足元の街に向ける。


「わたしたちの集まりは『廃棄品同盟』――レフトオーバーズって言うの」


「レフトオーバーズ(食べ残し)……ってあんまりなチーム名だな」


「はは、文句は命名者に言って。わたしの仲間は様々な事情でこの街に取り残された。クラムの両親も〝ある事情〟で家を空けることが多いんだ」


 含みのある言い方だが、俺は詮索しないことにした。


「彼らにも事情があるのは知ってる。でも、それはこの子を放っておく理由にはならない」


 フェキシーの言葉には微かに怒りが滲んでいる。


「メグもコフィも、他の小さい子たちもいろんな理由で今は親に頼れない状況にいる。今はわたしやMMマッドマッシュ―『廃棄品同盟レフトオーバーズ』のボスが、日頃から連絡を取って支援をしてるけどね」


「そうだったのか……」


 俺はこの夢のような街の影に触れて、自分の見た世界の狭さを知った。


「それにしても、MMマッドマッシュか――ボスの名前も変わってるな」


 俺は『廃棄品同盟(レフトオーバーズ)』の名付け親が誰かも察した。


「ふふっ、でしょ。変なやつだし、カイカくんは会ったら殴り掛かりたくなると思うよ」


「どんな見た目してればそうなるんだよ」


 俺たちは少しだけ笑いあった。


「大変なんだな。俺はこの街に来るまで、自分たちが世界で一番不幸だと思ってた」


 俺は今日見た『廃棄品同盟』の子供たちの姿を、懸命に生きる姿を思い出していた。


「でも、ここに来てこのままじゃ駄目だと思った。もっと考えないと……」


 ただ足掻くだけじゃ意味がない。もっと強かに妹を救う手段を模索しないといけない。


「ねえ、カイカくん。わたしが売った花。出してみてよ」


「……えっ、ああ」


 俺は言われるがまま例の造花を取り出した。

 フェキシーは造花を手に取ると、ポケットからライターを出した。


「さっき部屋で見つけたんだ。危ないから、回収しておくことにした」


 フリントホイールを回すと、鉄の擦れる音とともに小さな火が灯る。

 フェキシーは火を造花へと近付けた。


「え、待て。なにを――」


 俺が止める間もなく、造花に火が燃え移る。


「見てて」


 フェキシーは造花をベランダの手すりから外へ出し、日の傾く空へと掲げる。

 造花は俺の想像よりは燃えず、代わりに花びらにオレンジ色のラインが浮かび上がった。

 俺はその光の線が絵になっていることに気付いた。

 鹿や鳥と動物や蔓を象った模様で、花弁に小さな光の絵画が刻まれているようだった。


「……綺麗だな」


 俺は見惚れてしまい、自然とそんな言葉が零れた。

 やがて火が消えると、花は萎れたように縮んで原型を失ってしまった。


「モーメントフラワー。火をつけると模様が浮かび上がる造花、仲間と一緒に作ったんだ。仲間と一緒だから作れた」


 フェキシーは花びらにふっと息を吹きかけた。

 灰になった造花はパラパラと散り、風に乗って海の方へと飛んでいった。


「わたし、造花は嫌いだけどこれは別なんだ。偽物の花の一瞬の輝き、なんかロマンチックでしょ」


「……うん。そうだな」


 俺の目にはまだ、花びらに刻まれた繊細な模様が見えている。


「深く考え過ぎないで。わたしたちは別に自分を不幸だなんて思ってないから……全員がそうとは言わないけどね」


「……ああ、悪かった」


 俺は何も知らないのに勝手に不幸だと決めつけていた自分に気付いた。

 傲慢に自分の物差しを押し付けていた。


「その、アジトに連れて行ってもらえるか?」


「うん。思ったより時間が掛かっちゃったからね。早く行こう」


 俺たちは部屋に戻り、窓の鍵はしっかりと閉めた。

 ぬいぐるみを抱いて眠るクラムに、フェキシーはずり落ちた毛布を掛け直す。


「あれ、ムーちゃんは?」


 俺は腕の中にあるのが別のペンギンのぬいぐるみであることに気付いた。


「たぶん、クラムを助けたから帰ったんだと思うよ」


 俺は意味を理解できなかったが、フェキシーが玄関に向かうので急いで後を追った。

 俺は振り返り、一人で眠るクラムの姿を見て……たとえ傲慢だとしても、幸せを祈らずにはいられなかった。

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