エデンシティへの招待 ④

「さーて、農活だあ!」


 そうして連れてこられたのは、公園の間に作られた小さな農園だった。

 色とりどりの実をつけた野菜が手入れされた土の上に並んでいる。

 どう見ても私有地を勝手に開墾して作られたそれは、柵の向こうにある木々で絶妙に隠されており、俺はこの子たちの逞しさをまた思い知る結果となった。


「綺麗な農園でしょ」


「……うん、まあ頑張るよ」


 俺は少しだけロマンチックな展開を期待していた自分が恥ずかしくなった。

 働かざるもの食うべからず。

 父親に言われたせいであまり好きな言葉ではないが、年下の子供たちに助けられるだけでは恥ずかしいのも事実だ。


 栽培されているのはトマトやナス、カボチャ、それからよく名前の知らないカラフルな野菜たちだ。農業の経験や知識はないが熱帯の気候に適した野菜なのだろう。

 俺はフェキシーの指示に従って水遣りと雑草抜き、肥料やりを手伝った。

 水遣りは畑の脇に置かれたバケツを使い、近くにある水道までいって水を汲みに行った。

 肥料も木陰においてあり、雑草を抜きながら適量を撒いていく。


「これ……みんなで手入れしてるのか?」


「そうだよ。実は別の場所にフルーツ農園もあります」


「そりゃすごいな」


 ゴミ漁りをしている割にはみんな健康的な理由は分かった。

 服も綺麗だし、さっき口にしてたアジトにはちゃんと水道も通ってるのだろう。

 作業は一時間もかからずに終わった。


「最後に少し収穫してこう。定期的に追い払ってるけど、この島って野鳥が多いから荒らされやすいんだよね」


「たしかに、農作業中もいろんな鳥の声が聞こえたな」


 自然が豊かということは、当然鳥や小動物にとっても楽園だ。


――ガサッ。


 話していると、農園を囲む茂みが揺れた。

 俺が怯えながらそちらを向くと、イルカのぬいぐるみを抱えた小さな子供がいてバッチリと目が合った。

 子供は見知らぬ人間に驚いたのか、目が合ったまま固まってしまった。


「クラム? どうしたの、こんなとこに来て」


 その女の子――クラムの姿を見てフェキシーが驚いた声を上げた。


「おかあさん……さがしてたの……」


 どれだけ長い時間を一人で歩いたのだろうか、服は土や葉っぱがついて汚れていた。

 フェキシーは急いでクラムの元に駆け寄ると身を屈めて頭を撫でた。


「そうなの? でも、ここは危ないから、一緒におうちに帰ろうね」


 クラムは弱々しく頷いた。


「ごめん。収穫は後回し、この子を家まで届けるね」


「分かった、俺も一緒に行くよ。その、その子が良ければ……」


「クラム。この人はカイカくん。体は大きいけど、とても優しいお兄さんなんだよ」


 俺は膝を付いて視線を合わせると、精一杯の笑みを浮かべた。


「俺も迷子の妹を探してこの街に来たんだ。迷子のお母さんを探しにきた君と一緒だよ」


「……さびしくないの?」


「寂しいよ。でも、このフェキシーお姉ちゃんがいてくれたから大丈夫。みんなで一緒に帰ってくるのを待とう」


「……うん」


 クラムの手を握り、俺は農園を出て歩き始めた。

 フェキシーはクラムの自宅を知っているようで、クラムのペースに合わせて進んでいく。

 いくつもの道路を渡り、何度も階段を上ったり下りたりする。

 これだけの距離を一人の子供が歩いたと思うと胸が痛んだ。

 道中、俺は自分の妹の話をしたり、クラムの友達――ぬいぐるみのイルカについて尋ねたりした。


「ムーちゃんもたまにまいごになるの……でもよんだらぜったいきてくれる」


「へえ、いいこなんだね」


 あまり光景は想像できなかったが、クラムの話は聞いているだけで心が温かくなった。


「クラム、おうちの前に着いたよ」


 一歩先を歩くフェキシーが、一つの高層マンションの前で立ち止まる。

 俺は予想外で驚いたが、よくよく考えれば路上で生活してるのでなければ、戸建てにせよマンションにせよこの辺りには高級な住宅しかない。


「たしか、部屋番号は1219だったはず」


 エントランスに入り、フェキシーが自動ドアの前で立ち止まる。


「……クラムちゃん。鍵は持ってる?」


 クラムは「しまった」という風に口を開ける。


「そっか……」


「大丈夫だよ。今に開くよ」


「全然人の気配ないけど……時間的にも半端だし」


――ウィーン。


 そんなことを話していると、自動ドアが開いた。

 運よく誰かが来たのかと思ったが、なぜかドアの向こうには誰もいなかった。


「じゃあ、行こうか」


 フェキシーは何事もなかったように歩き始めた。

 俺は少しだけ背筋が冷たくなったが、クラムがこちらを見ているのに気付いて慌ててドアを通過した。



            ▼     ▲     ▼



 エレベーターでクラムの部屋がある十二階へと向かう。

 エレベーターは広く広告の流れる液晶までついており、俺は地元のボロアパートと比べて住む世界が違うと感じてしまった。

 クラムの自宅のドアは開いていた。


「おじゃまします」


 俺は無言で入るのは気が引けたので一応口にした。

 片付いた玄関を抜け、いくつかの部屋を素通りしてリビングへと入る。

 リビングには大きなテーブル、取り囲む三つの椅子があった。そのうち一つは子供用で足が長い。窓側には白いソファと大型の液晶テレビもある。

 ソファにはいくつかのぬいぐるみやクッションが置かれている。


「まあいないよね、誰も。クラムおいで。手を洗うよ」


 クラムは俺の方を一度だけ見てから手を放し、フェキシーが呼ぶ洗面所へと向かった。

 小さな手の感触がまだ残っている。


「普通の家庭に見えるのにな……」


 俺はリビングを見渡していると、ふと鼻をくすぐる甘い匂いに気付いた。

 どこかで嗅いだことのある匂いだ。

 見ると部屋の隅にアロマポッドが置いてあった。


「カイカくんも農業したんだから手を洗いなよ。これからちょっとだけクラムと食事してから帰ろう」


「ああ、今行く」


 俺はなにか引っ掛かりを覚えながらも、今はクラムの事を優先することにした。

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