エデンシティへの招待 ③
フェキシーの案内の元、荷物を失った俺はエデンシティを歩き始めた。
高級マンションの周辺には、商業施設用のテナントが並んでいる。
しかし、現在ではそのほとんどが空で、かつて飲食店や雑貨屋であった面影が看板やガラス越しに見えるキッチン設備に残っている。
「これからわたしたちが行くのは、食糧のある場所です」
「食糧……。開いてる店はあるのか?」
俺は数分の移動で見たシャッター街のせいで不安になった。
すれ違った通行人も片手で足りるうえ、そのすべてが清掃員か配達員だ。
「あるにはあるよ。ただ駅の近くとか『モルフォナ製薬』の社宅の近くとか、結構限られた場所になるけど……」
「……そっか、そこら辺なら普通に人はいるんだな」
『モルフォナ』の名前が出て少し動揺するのを、俺は咄嗟に隠した。
「でも、わたしたちがこれから行くのは、この島で一番物が溢れてる場所だよ。観光で来てる人も大体そこで買い物してる」
「へえ、そんな場所があるのか」
俺たちはそのまま高層マンションから離れて、開けた場所を歩き始めた。
少しして巨大な駐車場と、見覚えのある大手ドラッグストアの看板が見えてきた。
「こんなところにも出店してるんだな」
「元々ここはアメリカの富豪層向けのリゾート地だったからね。中の製品もアメリカ製と近くのモルフォナ製薬が出してる薬品とかが半々って感じだよ」
「……そうか。ここで買い物するのか?」
「まさか。店には入らないよ」
フェキシーは当たり前のように言い放ち、店の裏手へと移動を始めた。
嫌な予感がする。
何故か空いているフェンスの扉を抜けると、大量のゴミ袋が積んである一角に出る。
ゴミ捨て場には二人の先客――スポーツウェアを着た短髪の女性と、パーカー姿の前髪の長い色白の少年がいた。
「メグ、コフィ。おはよー」
メグと呼ばれた十代後半に見える女性はゴミ袋を開けて中身を漁っていたが、フェキシーの声を聞いて振り返った。
「よっ、フェキシー。あんたも今日の収穫手伝ってよ……って後ろの彼は誰?」
「カイカくん。この街に観光に来たんだけど荷物盗られたんだって」
「へえ。こんな人のいない街で被害に会うなんて逆に才能あるね。よろしく」
「……よろしく」
俺は心が傷つきながらも苦笑いを返した。
「コフィは珍しいね。外に出るなんて……」
コフィと呼ばれた少年は大きなリュックに廃棄品らしい食糧を詰めていたが、嫌々フェキシーの方を向いた。
「メグがたまには外に出ろってうるさいから……。でも、食糧の確保ぐらいは自分でしないとな」
コフィは一瞬だけ俺の方を見たが、すぐにまた作業に戻った。
「というわけで、ここにあるのが食糧です」
「そういうことだと思ったよ」
俺は裏手に回った時点で予想していたので、そのこと自体にはショックを受けなかった。
むしろ、ゴミを漁る子供たちがいるエデンシティの現状の方がよほど応えた。
「ドラッグストア自体は荷入れのとき以外無人だし、ゴミ出しから回収までは結構二時間くらい間があるから、その隙に使えそうなものを回収するんだ」
「でも、この気温だと食べれるものも限られるだろ」
「ふふふ、それはどうかな?」
メグが笑いながらコフィの巨大なリュックの中を指さした。
見ると本当に中には発泡スチロールのクーラーボックスがあり、賞味期限切れらしい肉や魚が入れられている。
「うっ……店の人が外してすぐゴミに出したとは限らないんじゃ……」
「大丈夫。さっき廃棄品処理のために来る従業員が直接くれたやつだから。あっちも生肉は処理が面倒くさいからウィンウィンの関係」
コフィが作業をしながら、平坦な声でそう説明をしてくれた。
「な、なるほど」
俺は従業員もグルだと知っていろんな意味で安心した。
「これみなよ」
コフィはこちらを向かずに、パック詰めの高級肉をこれ見よがしに見せてきた。
「おお……」
「やったー!」
それを見てメグがテンションを上げる。
「もしも、宿がないならあとでアジトに来なよ。みんなで焼き肉パーティだ!」
「……あ、ありがとうございます」
俺は子供たちの逞しさに胸を打たれた。
俺とフェキシーは軽く食べれるものと飲み物をいくつかもらい、ドラッグストアから離れた。
「かんぱーい! ちょっとは元気出た?」
「乾杯。ああ、こんなことでへこたれてられないな」
俺は温いジュースを一気に飲み、嫌な記憶を強引に振り払った。
「その意気だよ。じゃあ、まだ夕飯まで時間あるし、このまま一緒にちょっと出掛けよ?」
「えっ……」
「綺麗な場所、カイカくんと一緒に行きたいな」
俺は思わぬ誘いと、少し照れた様子のフェキシーの笑みにドキリとした。
それから、自分がエデンシティに来た理由が脳を過る。
だが、フェキシーは恩人だし、彼女の助けなしではどのみち……。
「ふっ、行こう」
フェキシーは俺の手を引いて、くだらない葛藤から引き剥がしてくれた。
その冷たくて小さな手を、俺は握り返したいと思った。
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