序章 第4話「灰に溶ける声」



灰色の虚無に、微かな揺らぎが走った。

スノーの輪郭が淡く震え、滲み始めていた。

髪も瞳も衣も、霧のようにほどけていく。


「もう、決めたのよさ?」


無邪気な声が追いかける。

だがその声は、どこか掠れていた。


「次は私の番だからな」


淡々とした答え。

灰色の揺らぎはさらに広がり、彼の影を少しずつ飲み込んでいく。


「二度と戻れないのよさ」

「知ってる」


短く返す声に、迷いはなかった。

しかし呼びかける声はわずかに震え、沈黙の合間に揺れていた。


「……そうなのよさ。スノーが決めたのなら

止めないのよさ」


「なら、のよさも世界に加護を贈るのよさ」

「……そうか」


淡々としたやりとりが続く。

だがその間にも、彼の身体は灰色に溶け、輪郭を失っていった。



足元に置かれていた魔導書が、ひとりでに開いた。

頁が風もないのにめくれ、刻まれた線や文字がほどけていく。

それらは微細な粒子となり、宙に舞い上がった。


雪片のようにひらひらと漂い、灰色の虚無を埋めていく。

数え切れぬほどの欠片が、静かに空間を満たした。


――その瞬間。


群れとなって漂う雪片の内側が、一斉に透けるように光を帯びた。

淡い赤と青。

焔と水が重なり合い、灰色の虚無にかすかな彩りを与えた。


一息のうちに消える幻影。

のよさも、スノーも、その一瞬に気づくことはなかった。


雪片はやがて色を失い、灰色のまま散り、ひとひらずつ消えていった。

最後には、書物そのものの痕跡さえ残らなかった。



「結局、スノーの笑顔が見れなかったのよさ」


掠れるように呟く声。

虚無に沈みゆく彼は、もう答えなかった。


ただ灰色に溶け、完全に消えていく。


「……スノー」


呼び声は、無邪気さを失い、弱々しく震えていた。

灰色の雪片が静かに消えていく間、虚無は息を潜めていた。


やがてすべてが消え去ると、そこには完全な沈黙だけが広がっていた。



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