エピローグ 激重感情の行方

 遠足の帰り、バスに進藤の姿はなかった。

 一体、進藤の身に何が起きたのか。その事の顛末をクラスメイトから聞くとそれはもう……筆舌しがたいものだった。


 直接手を下したのかは、分からないないが少なくとも彼女たちの復讐は果たされてしまったわけだ。

 自業自得、因果応報。いろんな言い方はあるけれど、果たしてその罪は正しいものだったのか。

 それは俺が判断することではないだろう。


 ただ、俺が感じる必要はないかもしれないが若干の罪悪感が残ってしまったのも事実だった。


 遠足が終わり、土日の休みを挟んでの月曜日。


 朝、カーテンから溢れる陽光で目が覚め、気持ちのいい朝に身体をクッと伸ばし、布団から出た。


 親は既に仕事で出ており、朝は一人。

 穏やかな朝だった。


 そのまま朝ごはんを食べ、身支度をしてからいざ学校へ。

 登校している途中にある三叉路。そこで声をかけられた。


「結宇くん、おはよ!」

「おはよう、美月」


 お互い挨拶を交わすと自然と横に並び立ち、学校へと向かう。

 鼻歌を唄いながらどこかご機嫌な様子な美月。

 その可愛らしい横顔に少し見惚れてしまう。


「もう、どうしたの? そんなに私の顔見つめて。ちょっと恥ずかしいんだけど」

「いや……なんでもない」

「なーに? 可愛いって褒めてくれてもいいんだよ?」

「そういえば、今日は英語の小テストあったな。勉強した?」

「あー、誤魔化した! もう……勉強してないけど、多分大丈夫! 結宇くんは?」

「俺もやってないな。ちょっと心配になってきた」

「でも大丈夫だよ、前の中間の復習みたいなものらしいし。結宇くんならきっと楽勝だね!」

「そうだといいけど」

「あ、私、今日日直だった! ごめん、結宇くん。先に行ってるね!!」


 なんて事のない会話をした後、美月は急に思い出したかのように断りを入れると風のように走って学校への道を駆け抜けて行った。


 なんだか慌ただしいな。そう思いながら彼女の背中を見送り、ゆっくりと歩いて学校へ向かう。


 学校では偶々なのか、珍しく先生が校門の内側で挨拶をして立っていた。

 朝の気だるげな空気と一緒に他の生徒たちも軽く先生に挨拶をして校門へと吸い込まれていく。

 一週間の始まりということもあり、みんなも眠たそうだ。


 そんな生徒たちと同じ様にあくびをしながら、生徒玄関に辿り着き、靴を履き替える。


 ──その時。


「おはよっ、ゆーくんっ!」

「っお!?」


 下駄箱の影から急に金髪のギャルが飛び出した。

 あまりに急だったもので心臓が飛び出しそうになる。


「あはは、どーしたの? めっちゃ驚くじゃん」


 悪戯な笑みを浮かべながら、俺をいじってくる雪那。

 胸元のボタンが二つ開いており、リボンは緩く結ばれている。

 そのせいで豊かな胸がこれでもか、と目に入ってしまい、慌てて顔を逸らした。


「ゆーくんのえっち」

「こ、これは不可抗力だって」

「えー? 本当はもっと見たいんじゃない?」


 揶揄われている。

 それはわかっていた。ここで下手に照れてしまえば、相手の思う壺だ。


「今から学校サボって、楽しいことしちゃう?」

「……バカなこと言ってないで教室行こう。というか、校門の前に先生いるのに今から外出れないだろ」

「……チッ。ざーんねん! じゃ、行こっか!」


 わかりやすく雪那は舌打ちをする。

 そして他愛ない話をしながら教室までの道を彼女と歩いた。


「あっ、雪那おはよー」

「はよー」

「二人ともおはよっ、どしたの、こんなところで」


 教室のすぐ近くまでくると教室の前で何かを話しているギャル二人がいた。

 雪那の友達の宮島さんと友近さんだ。雪那は二人に気づくとすぐに絡みに行った。


「いやー、ちょっとね」

「話聞いてくれる?」

「うん、聞く聞く! じゃ、ゆーくん、また後でね!」


 何やら相談事がありそうな様子に雪那は興味を示し、そのまま教室の中へ仲良く入って行った。


 俺も遅れて、教室に入り、自分の席へと着く。


「おはよ、ゆうちゃん」


 相変わらず目を引く銀髪の少女──怜は、読んでいた小説のページを捲る手をとめ、微笑んだ。


「ああ、おはよう。早いな」

「そう? 別にいつも通りよ」


 そう言って怜は優しく笑い、また手元の小説に目を落とす。

 可愛らしいピンクのブックカバー。

 新しく読み始めたのか、ページはまだ最初の方だ。


「どうしたの?」

「いや、何読んでるのかなって思って」

「小説ね。今やってる恋愛映画の小説版なの。幼馴染もので、映画よりも小説の方が素晴らしいって評判なのよね」


 なんだか聞いた事のある内容だ。


「読み終わったら貸してあげるわ。ぜひ感想を聞かせて」

「……まぁ、俺が読み終わるのがいつになるか分からないけど、それでよければ」

「それで構わないわ」


 怜はパラリとページを捲る。

 会話をしながらでも文字が読めるとは。恐れ入る。

 それからも話を続けているとあっという間に時間が過ぎて行った。


「さぁ。もう授業始まるわ。おしゃべりはここまでね」


 そう言って彼女は小説を閉じると机の中に本を片付ける。

 予鈴が終わると共に担任の御前先生がその大きな身体を揺らし、教室へと入ってくる。

 そして、朝の諸連絡を聞きながら、今日の一日が始まる。











 ……あまりにも平和すぎない?


 あまりに自然な会話だった。違和感を覚えるほどに。

 まるで前に見せた彼女たちの狂気的な側面が幻だったかの様に思えた。


 いやいやいや。

 狂気的なものを望んでるわけじゃないよ?

 しかし、何事もなかったかのようになりすぎている。それは一体どういう事だ。


 いつ、彼女たちの本性というべきか、重たい感情が飛び出してくるかと身構えていたけど、一向にこない。

 というか、めっちゃ普通。普通に仲良い子との会話。


 もしかして、先週までの出来事は夢だったのだろうか。

 そう思わずにはいられないほどに。


 平和が崩れることを望んでいるわけじゃないけど、あまりにも何事もなかったかのように振る舞われると困惑してしまうのですが。


 前で話す先生の話が一切入ってこない。

 俺はあの日、夕暮れに染まる湖での出来事を思い出していた。


 ***


「「「これでずっと一緒ね」」」

「──ッ!?」


 後ろから三人の声が聞こえた。

 シンプルに心臓が飛び出そうになった。


 まさか三人が揃って後ろにいるとは思わなかったからだ。


 俺は唾を呑み込み、ゆっくりと後ろを振り向こうとする。

 なんと声をかけていいか分からない。だけど、とりあえず、話をしようと思ったのだ。


 ──しかし。


「ダメよ。このまま、光の輪が見えなくなるまで、前を向いていて」

「うん。向かない方がいいと思うよ」

「もし、目が合ったら、どうなるか分からないかも」


 はい。

 こんなこと言われたら、振り向けませんでした。


「結宇くん」

「ゆーくん」

「ゆうちゃん」


 それぞれの呼び方で呼ばれ、身構える。


「「「また後でね」」」

「……え」


 それだけ言うと三人は一斉に黙り、静かになる。

 一体なぜ、俺と顔を合わせようとしないのか分からなかった。

 そうして、一分ほど。夕陽が揺らぎ、湖面の反射が弱くなる。

 あたりが薄暗くなっていくと『光の輪』はいつの間にか消えていた。


 約束通り、俺は意を決して、振り向いた。


「…………ホラーかよ」


 振り返った先には誰もいなかったのだった。


 ***


 帰りのバスでも行きと席が違ったし、解散してからも会話をすることはなかった。

 まるで一夜の夢の如く。

 彼女たちとは何事もないかのようになったかと思えば、今日はここまでめっちゃ普通に会話をしていた。


「……一体、何を企んでるんだよ」


 俺の小さな呟きは先生の声にかき消されていく。

 そうして本当に何の変哲もない一日が終わった。


 ◆


 翌日。

 朝、また心地のよい朝を迎えた。

 昨日から睡眠の質が上がった気がする。悩み事が減ったからだろうか。

 もう、あのノートのことで悩まなくていいのは、大きな理由だった。


 いや、しかし、全く悩み事がないわけではない。

 彼女たちが静かすぎるのだ。

 前ほどの悩みではないが、それはそれで気になって仕方ない。

 人間って面倒な生き物だとつくづく思い知らされる。


「……で、どうしてここに?」

「あら、おかしいこと?」

「まぁ……そうだな。俺の感覚が間違っていなければ」

「そう」


 悩みがないっていいことだ。

 そう思ったのも束の間すぎる。あまりにフラグ回収が早すぎる。


 どうしてかは分からない。怜が椅子に座っていた。机の上には俺のものじゃない小説。

 それが意味することとは。


「……」


 夢かと思って、もう一度目を瞑り、深呼吸してから目を開けるとベッドに座っていた。


 近づいてるやんけ。


「ごめん、どうやって入ったの?」

「……?」


 何そのキョトン顔。

 絶対俺の言っている言葉の意味わかってるでしょ。とぼけ方ヘタか。


「そろそろ起きないと学校、遅刻するわよ。それとも私が着替えさせてあげようかしら?」

「遠慮しておきます」

「そう。じゃあ、リビングで待ってるわ」


 そう言って、怜は何事もなかったかのように部屋を出て行った。

 本当に当たり前みたいな感じだった。



 制服に着替えてから、洗面所に向かう。

 顔を洗ってからその違和感に気がついた。


「すぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ。やばい。イキそう」

「…………」


 反応に困るんだわ。

 洗濯機の隣に置かれたランドリーボックス。そこには昨日俺が来ていた服などが溜め込まれていた。

 だが、その中から見覚えのある肌着に顔を押し付けている金髪の少女が座り込んでいた。


 雪那は俺に気がつくと慌てて肌着をスカートのポケットに押し込んだ。

 泥棒である。

 めっちゃ堂々としてる。


「ゆーくん。おはよ」

「……ああ、おはよう。肌着返してくれる?」

「え!? な、なんのことかわかんないし!」

「いや、わかるだろ。ポケットの中身」

「あ、これ? これゆーくんのだったんだ! 落ちてたからとりあえず拾ったんだー。ここ返してとく!」


 俺の家にあるものを落とし物みたいに言うな。


「じゃ、あたし、先にリビングに戻ってるね!」


 雪那はそれだけ言うと堂々とリビングを出て行った。


 小さくため息をついてから、歯を磨いたり、寝癖を治したり身支度を整える。

 そうしてようやくリビングへ続く扉のドアを開けた。


「あ、結宇くん。おはよ! 朝ごはん作ってるよ!」

「……」


 もう驚き疲れた。


 扉を開けるとそこには制服にエプロン姿の美月がダイニングキッチンに立っていた。

 怜はダイニングテーブルに座って、優雅にコーヒーを嗜んでおり、雪那はスマホをいじっていた。


 あまりに自然に俺の生活に彼女たちが溶け込んでいる。

 空いた口が塞がらず、なんと声をかけていいか分からなくなる。


「朝は、パン派だったよね? ホットサンド作ったんだ。食べてみて!!」

「…………」


 すっごいボリューミー。

 カツがこれでもかというくらい焼かれた食パンに挟まっている。

 カツとパンの割合なんと9:1。

 それがなんと皿に山盛り積まれている。

 おかしいだろ。胃もたれするわ。


「……もしかして嫌いだった?」

「い、いや……ありがとう。食べるよ」

「全部食べてね!」

「…………」


 俺が机に近づくと怜が自然と隣の椅子を引く。

 一瞬バチっと正面に座る雪那と視線が交錯した様に見えたが、怜に促されそのまま席に座る。


 いただきますをして盛られたパンを手に取り、口に頬張った。

 美味しい。

 しかし、朝から食べる量じゃないよ。


 そうしているうちにホットコーヒーが準備され、運ばれてくる。

 顔の大きさほどある超特大のマグカップに淹れられて。


 ……どこに売ってんすか、それ。


 一息ついたところで美月も自然に正面の席に座った。


「……で、これはどういうこと?」

「みんなが約束を破ったの。だから仕方なかったのよ」

「は? それは怜っちもおんなじでしょ!」

「そうだよ。みんなしばらくは、結宇くんに束の間の休息をあげようとか言ってたのに」


 束の間の休息……?


「抜け駆けなんて、ズル。私は見逃さないよ? 結宇くんは私が管理するから」

「管理? そんなのは許可できないわね。ゆうちゃんは私のものなのだから」

「……一回、フラれてるくせに(ボソ)」

「……なんですって? 私はフラれてなどいないわ。言っておくけれど、両想いだったのよ?」

「はい、ゆーくん。あーん」

「昔のことでしょ? 今は違うよ?」

「……」

「……」

「ゆーくん、おいちい?」

「あ、ああ……」

「「……」」

「っ」


 赤ちゃん言葉やめて。

 言い争う美月と怜。その間に抜け駆けして、俺にカツサンドを提供する雪那。

 そしてそれに気付いたと思ったら、二人の目からハイライトが消し飛んだ。


「もう。二人とも言い争いしてても始まらないじゃん。ゆーくんはあたしのもので決まり」

「雪那ちゃん、話が違うよ?」

「そうね。前にも言った通りよ。これからの学校生活でゆうちゃんをドロドロに堕としたものが、自分のものにできる。それは変わらないわ」


 ドロドロ……?

 その擬音あってる?


「あくまで公平にね。公平なルールの上で拉致監禁拘束してでも自分のものにすれば、それでおしまいよ」

「ちぇ、しょーがないなー」

「言っておくけど、私負けないもん」

「私も負けるつもりはないわ」

「ふふふ」

「きゃはっ」

「あはっ」


 公平な拉致監禁拘束って何。

 何でよく分からない女の友情芽生えさせてんの。


 そうして一旦、彼女たちの争いは落ち着きを見せ、学校に向かった。


 俺は無事明日を迎えることができるか、非常に不安になったが、一応、学校では普通に生活させてくれるらしいのでそこは安心だろう。


 ……何が安心?




 教室についた俺は、自席で考え事をしながらリュックから今日使う教科書やノートを取り出し、学校の準備をしていく。


 今日も一日が始まる。

 これから彼女たちとの関係がどうなるかは分からない。

 それでもどうにか彼女たちとの関係に折り合いをつけ、その彼女たちの重たい感情にもしっかり向き合っていこうと心に決めたのだった。













「……?」


 ノートを入れた時、何かがつっかえた。

 昨日、机の中は空にして帰ったはずなので何もないはずだが……。


 手を突っ込んでそれを取り出す。

 そこには見覚えのない淡いピンクの可愛らしいキャンパスノート。


 嫌な予感がして、一気に汗が噴き出す。


 そして後ろ向きに入っていたノートを表にすると──。


「勘弁してくれ……」


 思わず声がこぼれる。

 ノートのタイトルには、こう書かれていた。


 ──倫理、と。


               ──1章完。



 ────────────


 後書き(ちょっと長くなります)


 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 少し公開が遅くなり申し訳ございません。


 これにて1章は完結です。

 想定以上に長くなってしまいました。ダレてしまった部分もありましたが、最後まで書けてよかったです。


 ここから先は、前回も書きましたが、GAコンの結果次第ですかね。

 みなさま祈っててください。それか別の形で書籍化か。

 いずれにせよ、思っていた以上に伸びた作品なので、GAコンがダメでも続きは書くかもしれません。


 一応、ここから先の話もざっくりは考えております。めっちゃ続きそうな終わり方しましたしね笑


 多くのコメントやレビューありがとうございました。

 コメントを頂く度にモチベーションになりました。

 実はここまで進藤がクズみたいになったり、ざまぁされる予定はなかったんですよね。

 ですが、みなさまのコメントで調子に乗ってしまった結果、あんな運命を辿ることに……笑

 とは言っても、怜が元々好きな人で、進藤に恋をぶち壊され、復讐をするというのは元々決まっておりました。

 恋を邪魔されたヤンデレは怖いんだよ、ということでホラータグをつけていましたが、ちゃんとタグが仕事してくれていてよかったです。


 実を言うと、ざまぁもヤンデレもそんなに書く側としては好きではありませんでした。(流行りに乗りたくない的な、逆張りです笑)

 ですが、前回の作品からいろんなタイプのものに挑戦してみようと思い、こんな感じに。

 うまく書けていたでしょうか。コメントを見る限り、ヤンデレについてのコメントもあり、まぁ、苦手なりは書けていたのかなと思っております。


 これでも色々、こうしておけばよかったなという点もいくつか。

 ノートを生かしきれなかったところとか、雪那にもっとヤンデレのホラー要素を追加したかったとか。倫理である理由とか、Sの秘密とか。

 もっと練りたかったんですが、GAコンの期限の関係で作成途中で公開する形となりました。

 ぜひ、この辺りはどこかで修正できる機会があればなと思います。


 また、12月からはカクヨムコンが始まります。

 今から作成に入りますので、公開は早くても年末前ごろを予定しております。


 内容は今回の作品を通して、このミステリーヤンデレみたいなのが楽しかったので、過去に考えていたものを組み合わせたものにしようかと迷っております。


 その名も「激重感情が綴られた日記帳を拾ったら、なんか修羅場」

 うーん、どこかで聞いたことがあるタイトルですね!!笑

 似たようなタイトルですが、ざまぁやホラー路線はないです。もっとシンプルにラブコメに寄せた形にします。


 ですが、今作品と類似も多いので、まだちょっと迷い中でもあります。

 こんなこと書いておいて、全く別の作品を出す可能性もあります。(もう一つ出す候補があります)


 まぁ、そんな感じなのでよければ、また次回作品もフォローいただきお読みいただけますと幸いです。


 長くなりましたが、後書きはこれでおしまいです。

 お付き合いいただきありがとうございました。


 また次回作または、2章でお会いしましょう。

 よければ、1章完結記念にレビュー等もお待ちしております!

 感想コメントもぜひ!!






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激重感情が綴られたノートを拾ったら、彼女たちの様子がおかしくなったんだが。 mty @light1534

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