【読切】NG騎手ラム肉&40

五平

プロテインは飲み物です(粉のまま)

朝陽が昇る前の牧場は、しんと静まり返っていた。ラム肉は慣れた手つきで馬房の掃除をしながら、愛馬のオヤジンに語りかける。

「なあ、オヤジン。お前ももう歳だな」

そう言うと、ラム肉は自分の腰をさする。その動きは、まるでスクワットのフォームチェックだ。40歳という年齢は、騎手としてはとっくにベテランの域だが、彼の体はもう、若手のようには動かなかった。それでも、馬の息遣い、蹄の音、そのすべてが、ラム肉にとっては心地よい音楽だった。彼は馬の耳元にそっと顔を寄せ、何かを囁く。すると、オヤジンは嬉しそうに首を振り、ラム肉の掌に鼻先をこすりつけた。言葉がなくとも、二人の間には深い「温度」が通い合っていた。


しかし、その穏やかな日々が、突然の悲劇で崩れ去る。

オヤジンが、難病に倒れたのだ。高額な治療費が必要だと告げられた時、ラム肉の心は絶望に沈んだ。

「……どうすればいいんだ」

その夜、彼の元を、かつてのトレーナーが訪ねてきた。

「ラム肉、もう一度、お前のNGな騎乗を見せてやれ」

トレーナーはそう言って、彼に競馬新聞を差し出した。そこには、数日後に開催される、高額な賞金のレースの記事が載っていた。


ラム肉は、もう一度、馬具を手にした。

レース前日。パドック裏で、ラム肉はこっそりとプロテインのボトルを傾け、粉を直接口に吸い込んだ。

「プロテイン補給!」

彼はそう叫ぶと、バリバリと咀嚼し、口の周りを粉まみれにしながら気合いを入れた。

その様子を冷めた目で見つめる男がいた。若き天才騎手、サイダーだ。

サイダーの馬は、耳元に小型のイヤホンを装着していた。

「データ分析完了。このコースで勝率99.9%。対戦相手に勝る要素なし」

「はいはい、そいつは重々承知でーす」

サイダーの馬がAI音声で喋り、周囲の騎手たちが呆然とする。

「あなたの時代は終わったんですよ、ラム肉さん。競馬はデータと論理です。馬の感情なんて、ただのノイズに過ぎない」

その言葉は、ラム肉が最も大切にしていたものを全否定するものだった。彼は何も言い返せなかった。いや、言い返せなかったわけではない。粉を飲み込んだばかりで、口の中がパサパサだったからだ。


そして、運命のレース当日。

実況アナウンサーが興奮気味に叫ぶ。

「いよいよ最終レース!注目のベテラン騎手、ラム肉選手は……なんとスタート直前に、オヤジンに話しかけています!」

オヤジンは、耳をぴくぴくさせて、ラム肉に囁き返す。

「おいラム肉、腰やってんだろ、降りろ!」

実況「いや、馬がしゃべったぁぁぁ!」

場内は騒然となる。

ラム肉はオヤジンに耳打ちする。

「いや、大丈夫だ!俺の騎乗はベンチプレスだ!上半身と精神力で何とかする!」

オヤジン「じゃあ合図は鞭じゃなく、タンベル(ダンベル)でやれ!」

ラム肉「勘弁してくれよ!馬にタンベルを振る騎手がどこにいる!」


ゲートが開いた瞬間、サイダーはデータに基づいた完璧なスタートを切った。無駄な動きは一切なく、まるで機械のように正確な騎乗。彼は先頭をひた走る。

一方、ラム肉とオヤジンは、二人でギャーギャーと口論しながら、ゆるゆると進んでいく。

最終直線。サイダーの馬の蹄がスパークし、炎をまとう。追走する馬たちの風圧だけで観客の帽子が全部飛んでいく。

実況「サイダー選手、圧倒的なスピードです!もはや神の領域!一方、ラム肉選手は……腹筋が割れています!」

ラム肉は馬上で叫んだ。

「俺はNG騎手…つまりナイスガイだ!」

実況「いや、“年寄りガタガタ”の略だろ!」

その瞬間、ラム肉の割れすぎた腹筋が馬を前に押し出した。

ゴール直前、実況席の背景に巨大な看板が立ち上がる。

「NG騎手ラム肉フィギュア発売決定!腕の可動域は40歳以上!」

観客は笑いと涙で腹筋崩壊寸前だった。


勝者はサイダーだった。

しかし、その直後、オヤジンが観客席に乱入し、実況席に向かって叫んだ。

「勝ったのはワシじゃー!」

ラム肉は呆然としながら、愛馬の「暴走」を止めることができなかった。

そして、オヤジンはそのまま実況席を素通りし、解説者席に乱入。

「データじゃなくて愛が大事なんだよ、愛がぁ!」と叫び、テーブルを蹴り飛ばした。


その騒動の最中、サイダーの馬から「プシュン…」と音がした。

「データ分析完了。このレース、敗北です。エラー:感情が検出されました…(泣)」

サイダーの馬AIがバグり、涙を流しながら動かなくなる。


その後、賞金は治療費に使われず、ラム肉はプロテイン工場を建ててしまった。

そして、一年後、競馬場の掲示板には、こう書かれていた。

「NG騎手ラム肉&41、制作決定!?」

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