第42話 光の輪

 幼いあの日 僕の瞳は 輝く光を見つめていた


 どこかを彷徨ってしまった時でも 歩いていく道を光は教えてくれた


 どんなに人生が寂しくなっても

 どんなに心が暗闇に落ちていっても


 僕は君と歩いていく

 それが僕と君のふたりで 生きていく道なのだから


 それが光の輪の中ならば


 「この曲に込められている詩ってラブレターのような気がするんです」


 私は居酒屋『たぬき』の女主人でもある村尾良雄さんのお姉さんに聞いた。


 「そうだね、吉田深雪さんから弟へ送った詩なんだろうねぇ。もしあの事故がなければって思うことがあの当時はあった。きっと目の見えなくなっていく弟への気遣いもあったろうね」


 「ひとりぽっちではないよ・・・っていう思いが込められているのでしょう」


 私は自分が感じ取った詩の思いを女主人に言ってみた。


 吉田深雪という女性が駅のホームに続く階段から転落しなければ、ふたりは結ばれていたのかもしれない。ふたりは子を授かり、あの三芳の街で親子三代が幸せに過ごせた時間が僅かだけかもしれないが有り得たかもしれない。



 私は盲目の初老人が事故死した駅のホームに同じ曜日の同じ時刻、まったく同じ場所に立ってみた。


 「貨物列車が通過します。危ないですので黄色い点字ブロックの内側までお下がりください」


 あの日と同じアナウンスが録音されたレコーダーから流れてきた。私は駅のホームに立ったまま貨物列車の通り過ぎるのを見ていた。私が立っている場所の周辺に人は散在していた。

ただ、そのすべての人たちが手に持った端末に気を奪い取られていて、周囲の出来事に気付けそうな者はいなかった。ある者はイヤホンで耳を覆い、ある者は決して役にはたたない情報に視野を奪われ、貨物列車の次に来るであろう電車の到着寸前まで視野を外すことを忘れている。


 ー 晴眼者ってなんですか ー


 ー 晴れた日に目を酷使する者たちだよ ー


 あの日、初老人はそう教えてくれた。


 私は貨物列車が通り過ぎるのを待って、手にしていた黄色と白の菊の花束をホームの鉄筋でできた支柱に傾けるようにして置き、膝を折り正座した。周りにいる人たちの視線など気にする必要はない。なぜなら盲目の初老人がホームから転落し、助けを求めていたにもかかわらず、気付ける人はだれひとりいなかったのだから、私のおこなう行為に気を留める者など居ようはずがないだろう。


 私はゆっくりと頭を下げ、ホームの床に額を付けて初老人を弔った。


 ー 寿と命のふた文字を合わせて寿命なのでしたら初老人、あなたはまっとうせずにこの世を去ってしまいましたね。吉田深雪という女性も人生をまっとうすることができませんでした。あなたはご自身の人生を幸せではなかったと仰いました。私もそう思います。でもね初老人、ほんとうに光を失ったのはあなたではありません。あなたを助ける事をしなかった人たちです。無意味な物事に気を取られて人生を無下に送っている人ではないでしょうか ー


 私はコンクリートの床から額を離し、立ち上がって駅のホームにいる人たちを見渡した。そして言葉を、声に出したかった言葉を言い放った。


 「視力を失くしたのはあなたたちの方だ!」

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