第8話 愛と士季

 あれから何分経過したであろうか。

 結果として、士季は場内を彷徨さまよい続けていた。

 それほどまでに、この敷地は広大すぎたのだ。

 なんとか、ひと1人通らない犯行現場の近辺までは到達できたものの、問題はそこから。

 事件現場の写真を綺羅が抹消まっしょうしたとあっては、朧気おぼろげな記憶を頼りに自力で探索たんさくしなければならない。

 もっとも、写真に写っていた遊歩道ゆうほどうは敷地に五万ごまんとある有様だ。

 似たようなデザイン、似たような景観けいかん。自分が通った道なのか、まだ通っていない道なのか、同じ道を何度も往復しているのかすら分からない。

 方向性が麻痺まひしてしまうような心理的支障ししょうきたす構造に終始、苛立いらだちが増していた。


 「この辺だろうけど、詳しい場所なんて分かんねぇよ…」


 1人でぼやきながら、辺りを睥睨へいげいする。

 スマホを開き、ストリートビューで確認しようも運動公園に併設へいせつされた異様な廃墟地帯のプレビュー画面など存在するはずがない。

 こんな薄気味悪いところを好き好んで歩く人間など皆無かいむに等しい。

 上空からの地図で現在位置を特定しようも、鬱蒼うっそうと生いしげった木々の影響あり。道路が隠れていて正確な位置を把握しようもままならない。士季の地点は森のど真ん中に位置しており、四方八方しほうはっぽう、木々でおおわれている。


 「くそったれが…」


 どうも、ここに来てからというもの異様なイライラにさいなまれる。


 なんだろう? ここにいると本当に嫌な気持ちなる。


 今の士季に課せられた目的というのは周辺を探索たんさくし、目的の地点まで到達することだ。ここで冷静さが欠如けつじょしてしまえば、元も子もない。

 とにかく練り歩くことだ。

 一度、士季は頭を冷やそうと歩行をゆるめた。

 歩きながら、今までの経緯のことを思い返す。


 『いくら狼藉ろうぜきを働いた人間でも、ちゃんと愛を持って生まれてきた人間であることには変わりありません』


 ふと、生徒会室で綺羅の話していた言葉が脳内を巡る。

 この言葉が強烈きょうれつに士季の記憶に根付いていた。


 (愛を持って生まれてきた? そうだとしたら俺はなんだ?)


 無論、綺羅の言葉はもっともだと思う。

 だが、士季にとっては違和感を覚えるものであった。

 自分はそれに適合てきごうしないと思えてしまうからだ。

 一般的に言われている愛の規範きはんから自分は乖離かいりしているのだと。

 綺羅が言うようにどんな人間であろうとも、無上の愛を享受きょうじゅして生誕せいたんするならば、間違いなく自分もそれに当てはまる。だが、なぜ自分はそれに該当がいとうしないと思えるのか。


 嫌な記憶が士季をむしばみ始める。


 気にしていないつもりでも、無意識に嫌な記憶というのは根底こんてい蔓延はびこっているものだ。抹消まっしょうしようとしても、出来るはずがない。


 何故だか、足取りがどんどんと重たくなっていく。

 まるで、両足になまり装着そうちゃくされたような重量感。

 心なしか、周囲の景色もくすんで見えてしまう。

 夕暮れの空は、木々の影と混合こんごうし赤黒い日差しへと変貌へんぼうする。

 密集した森林からわずかに顔を出す太陽は反射で漆黒に見えるほど不気味だ。

 まるで陰鬱いんうつ侵食しんしょくされていく自分の心を投影とうえいされているようにも見えてしまった。

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