第7話 憤懣

 時刻は18時。

 士季は事件現場となった運動公園にいた。

 光原こうはら運動公園。

 産業都市構想さんぎょうとしこうそうとして高度成長期に造られたこの公園は、もともとは工場と住宅地をへだてる緩衝緑地帯かんしょうりょくちたいとして機能していた。

 バブル期に入り公害防止の観点かんてんから工場は移転し、跡地あとちは県に公園用地こうえんようちとして払い下げられ、時代経過と共に体育館、運動場などが次々と築造ちくぞうされて今日にいたる。

 士季がここを訪れるのは小学生以来であろうか。

 無駄にだだっ広いのは当時と変わらないが、スポーツ施設の豊富さと、それにともな増設ぞうせつ付随ふずいするかのような盛況せいきょう振りは未だ活気かっきがあることを表している。

 当時と変わらないようで、今の時代に小さく順応じゅんのうした変革へんかく振りに士季は感嘆かんたんしていた。

 もっとも、それがむなしくも落胆らくたんに移り変わるのはそう長くはなかったが…。

 行方不明事件を機に、街は暗鬱あんうつとした雰囲気に包まれているのかと思いきや、まったくそんなことはなかったからだ。

 むしろ、平常通り沢山の人でごった返している有様ありさま

 みんな、呑気のんきに散歩やランニングなどにいそしんでいる。

 まるで最初から事件など起きていなかったかのような能天気のうてんきな雰囲気が場内にただよっていた。

 最も不愉快ふゆかいなのは、高校生が一番多く見受けられる点である。

 今回の行方不明事件の被害者は全員、高校生であるのにだ。

 合計18名、各人かくじん異なる学校に通っているものの、高校生である点に関していえば共通している。

 犯人の動機はいまだ不明ではあるものの、そこのこだわりは一貫いっかんしていた。

 従って、不明瞭ふめいりょうな事件である以上、士季たちの通う光原こうはら高校ふくめ市内の学校はすべて臨時休校となっている。

 本来なら、生徒は自宅で自粛じしゅくしていなければならないはずなのだが、方針ほうしん唯々諾々いいだくだくと従うはずもない。ベンチで談笑だんしょうきょうじている者もいれば、部活動がないのが不満なのか、わざわざコートを借用しゃくようして運動している者までもいる。テニス、バスケット、バレー、競技場はすべて満員御礼まんいんおんれいだ。ここまで一貫性いっかんせいがあると寧ろ、腹立たしさを通り越して、清々すがすがしささえも抱いてしまうほどである。

 運動公園でこの有様なら、おそらく街の方ではもっと寄り道の生徒でごった返していることだろう。

 いったい何の為に休校したのか、これでは本末転倒ほんまつてんとうである。この状態で、新たな行方不明者が出たとしても自業自得じごうじとくだ。


 誰も、ここが事件現場だとは思うまい。


 現地に到着して以降、かすかだが霊脈れいみゃくが感じられた。

 士季は辺りを見渡し、巨大な蜘蛛くもの巣のように見える夾雑物きょうざつぶつが一瞬、上空を漂っていたのを見過ごさなかった。

 ほんの一瞬だったが切断された蜘蛛の糸のようにプカプカと幾つかに分散したかたちで空間を浮遊ふゆうしていたのだ。

 今は目をらしても何も見えない。

 周囲の人間たちはまったく気付いていない様子だったが、能力者である士季の目を誤魔化すことは出来ない。

 あの糸はおそらく被害者を幽閉ゆうへいした閉鎖空間と現実世界との境界線であろう。

 鏡で例えるならば、自分たちのいる方が現実世界であり鏡の向こう側が閉鎖空間である。

 実体が存在する現実世界はまぎれもなく現実である。

 では、鏡の世界は現実ではないのか。

 いな、そんなことはない。

 現実世界に映し出されている点に関していえば、鏡も立派な現実ということになる。こうして目で見える範囲で言えば、確かに同じ世界に2つあるのだと認識できる。

 だが、これから士季のやろうとしていることは無謀むぼうにも、閉鎖空間鏡の世界に飛び込むことであった。

 犯人は鏡の中の住人。

 現実世界で足取りが一切、つかめないのは当然である。向こうの世界に行こうとしても常人であれば不可能だ。

 業腹ごうはらながら、士季は入り込む術があるものだから否応いやおうなく見て見ぬふりが出来ないのである。

 気付いてしまった以上は、救出に向かわねばなるまい。

 ここで放任ほうにんしてしまえば、あとで綺羅からの叱責しっせきが待ち構えているはずだ。

 だからこそ余計に、安穏あんのんとした場内の様子が腹立しい。

 関係はないが『天災てんさいは忘れたころにやってくる』という言葉がある。

 人々は災害が起きた時だけ、危機感が高まるが時間経過と共にその意識が薄れていくという意味である。いくら外部から警鐘けいしょうを鳴らされていたとしても、本人たちにその意識がなければ、ことが起きて騒いでも意味がないのである。

 この前の避難訓練の時に演壇えんだんで綺羅が話していた。

 この手の話は何度も聞かされている。まさか、こんな時に思い出すとは思ってもみなかったが。


 (どうせ、ここにいる奴らも事件に巻き込まれて、ようやく自分のあやまちをなげくのだろう)


 士季は心の中で舌打ちした。


 (こいつらの為に、今から犯人の討伐とうばつをしなくちゃならないのか)


 せめて大人しく家にこもってくれていれば、まだ意欲が湧いてくるものであるが、こうもうわついていては事件解決へのモチベーションは上がらない。まったくもって、憤懣ふんまんやるかたない。


 だが、人の振り見て我が振り直せ。

 理由はどうであれ士季自身も高校生である。

 元凶げんきょう討伐という大義名分たいぎめいぶんを背負っていたとしてもはたから見れば単なる高校生の一部だ。

 ただえさえ、普段から校内規律を破ってばかりいる不良少年の士季が、見ず知らずの高校生に対して説法せっぽう異見いけんする資格など、始めからなかったのである。

 これぞまさしく因果応報いんがおうほう、至極当然。


 士季は大人しく事件現場を調べることにした。

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