第三章

第一話


「いや〜、助かったよ放送部っ!」


 頭にバンダナを巻いて、ジャージを着たその人は。

海原うなはら君、ほんとありがとう!」

 そういうと僕に一直線に進んできて。

「感謝してるよっ!」

 お礼がわりとばかりに、肩をバシリと叩いてくる。


「ちょっと、なんなのいきなり?」

 玲香れいかちゃんが、代わりに聞いているけれど。

「まぁ、少しくらい大目に見てよね!」

 その人はちっとも、気にしていない。


 先の、学園祭。

 長岡ながおかじん先輩がまとめてくれていた体育祭実行員会で。

 会計を担当していた、女子バレー部の新部長。

 放送部の多くの先輩たちと同じ、二年一組のその人は。

 僕たちをぐるりと見回すと。


「みんな、ありがとう!」

 また、うれしそうに僕の肩を狙ってくるけれど。


 ……なんなんですか、そのハイテンションは?



「海原君、サーブの練習台とかになる約束でもしたの?」

 春香はるか先輩が、不思議そうな顔で僕に聞くけれど。

 もちろん、心当たりはない。


「じゃぁ、なんのハ・ナ・シ?」

 波野なみの先輩、それに隣で不審な目で僕を見ている三藤みふじ先輩も。

 僕じゃなくて……バレー部長に聞いてもらえませんか?


 ……と、思ったら。


「え? 聞いてないの?」

 バレー部長まで、僕に聞いてくるなんて……。

 えっと……心当たりって……。



「あ! 思い出しました!」

 そういえばこのあいだ……色々と寺上てらうえ校長に、まとめて頼まれた気がする。

「対抗試合、あるんでしたっけ?」

「そう!」

 あぁ。設営だかなんだか、頼まれたんだった……。


「そういえば、『別の予定』と一緒にあったわね……」

 三藤先輩も思い出したらしい。

 そうだった、僕たちは。

 放送部の『本業以外』が、忙しいんだった……。


「そんなときにすまない。でもありがとう!」

 素直に喜んでくれているのは、いいけれど。

「いやぁ。不戦敗とかを避けられたし、ほんと感謝!」


 なんだか、ポイントが違う気がするんだよな……。



「……ねぇ、ウナ君?」

 鶴岡つるおかさんが、僕にあっちを見ろと目で伝えてくる。


 あぁ、おしゃべりに夢中の先生たちのこと?

 まぁ、あのふたりは僕らの仕事が増えようと。

 一向に気にしないと思うけど?


「じゃ、なくてね……」

 その視線の先は、もう少し近くて。

 そういえば、いつになく静かなのが近くにいる……けれど?






 ……みんなの視線が、ゆっくりとわたしに集まってきて。


 すべてがそろった、その直後。


高嶺たかね由衣ゆいさん! これからずっと、バレー部でも大切にさせてもらうから!」

 部長が、わたしより先に言葉にしてしまって。


 わたしは、このとき。

「……ちょっと、前向きに考えてみるね」

 以前、『あの子』にそう答えて。

 そのままにしてしまっていたことを……心の底から後悔した。



 ……すごく、すっごく静かな沈黙が。渡り廊下を、覆い出す。



 誰かが……いや。

 わたしが、口を開くまで。

 この沈黙が続くんだと思った、そのとき。


「え、えっと……」

 自分の口で、説明しなければいけないのに。

「あ、あの。未確認情報なので……」

 アイツが、まずやわらかにそういったあとで。


「なにかの、勘違いじゃないの?」

 姫妃ききちゃんが、ストレートに声にしてしまった。



「えっ……勘違い?」

 バレー部長が、同じ言葉を繰り返して。


「いや、前向きに考えるって聞いてたんだけど……?」

 そういいながら、わたしを見る。


 ま、まぁ。

 そういう解釈になっても、無理はないよね。



「あのね……それを『勘違い』というのよ」

 月子つきこちゃんの意見も、もっともだ。

 ただ……。


「もうひとり声かけてた子、もう別の部活にいっちゃったよ……」

 どうやら、幽霊部員はそれなりにいるけれど。

 実際のところは人数不足で。

 このまま不戦敗になったら、一気に廃部に向かってしまう。

 そんな危機感があるからと。

 本気でメンバーを、探していたらしい。



 ……きっと、『あの子』は。

 わたしに遠慮して、プレッシャーをかけたくなくて。

 そこまで、切羽詰まっているだなんていえなかったのだろう。


 どうしよう、わたし。

 とんでもなく甘く考えていた……。



 別に誘っていた子は、『前向きな子がいるなら』と。

 既にほかの部活で練習をはじめているらしい。


「あのね、事情はわかるけれど……」

 わたしの代わりに、バレー部長に粘ってくれている月子ちゃんの声が。

 会話を重ねるごとに、重たくなっていく。


 あぁ、わたし。

 とんでもないことを、してしまったんだ……。






 ……どんな手違いがあったのかまでは、わからないけれど。


「あの、すいません……」

 いつになく寡黙な、高嶺の顔を見て。 

 これは僕のせいでもあると、理解した。


「高嶺が、最近何度か僕に話しがあるといっていたのに……」

 それを、きちんと聞かなかったのは僕で。

 その結果招いたのがこの状況だ。


 かといって、すぐに名案があるわけでもないけれど。

 僕は高嶺に謝って、それから。

 バレー部の部長に向かって。

 どうにかするために、考える時間をもらえないかと。


 ……とにかく必死に、お願いしはじめた。






 ……『すばる』を好きになれた理由が、ここにあるとわかった。


「どうしたの、陽子ようこ?」

「ねぇ玲香……いま、わたしね……」


「……い、いや。海原君を責めたいわけじゃないんだよ」

 バレー部の子だって、わたしと同じで。

「でももし、もし勝てたら。勢いがついたり、ほかの子も変われるかなって……」


 ……『彼』にはつい正直に、色々と話してみたくなる。



「あの……もう一度。わたしからその子に、お願いにいかせてもらえないかしら?」

「月子! それならわたしも一緒に・い・く!」


 ……それになぜだか、『彼』のために手伝いたいと思ったり。



「えっと。僕が代わりに、試合に出るのは……」

「ねぇウナ君。女子バレー部だよ?」

「そっか、じゃぁバンダナ買いにいかないと! でも、お小遣いで足りるかな……」

「ねぇウナ君……ポイントはそこじゃないよ……」


 ……彼自身がありえないことを口にして、思わず周りが脱力する。



「昴君……試合は出なくていいから。部員集めの方法、考えよう?」

「う、うん。じゃぁまず、一年生の中で……」


 ……ねぇ、玲香。そしてみんな。




 だったら、お願い。


 なにかと起こる、このややこしい放送部と。

 あと……『海原昴』は。




 ……『残り』のみんなで、なんとかしてもらえるよね?




「……どうしたの、陽子?」

「あのね! みんなに、聞いてほしいことがある」




 ……わたしの恋なら、終わらせた。





 長岡先輩が過ごした、体育館へ。

 とっても遅くなったけれど。

 これからわたしは、その場所にいって。

 おんなじ空気を、吸いにいこう。


 だから、わたしはこのとき。

「あのね、みんな!」



 ……心を決めて、笑顔で宣言した。





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