第二話


 ……人生、なにが起こるかわからない。


 いや、まだわたし高校一年生だし。

 それに作品に登場してから、まだちょっとだけしか経ってないのだけれど。



 ……でも。この波に乗ろうと、決断した。



「……な、夏緑なつみ?」

「なんですか、陽子ようこちゃん?」


「……えっ? 鶴岡つるおかさん?」

「どうしたの、ウナ君?」



 わたしは、精一杯の感謝と笑顔を添えて。

 この場にいるみんなに向かって、高らかに。


 ……女子バレー部に転部させてくださいと、お願いした。




「やる気は、十分です」

「よし! 勝つために練習しよう!」

 わたしの、突然の宣言を。

 陽子ちゃんは一瞬にして、受けとめてくれた。


「みんな、わがままを許して!」

「ウナ君、御恩は忘れません!」

 なんか、わたしたちって。息がピッタリじゃない?


「ちょっと、あなたたち……」

月子つきこ、親友は変わらない!」

 かっこいい陽子ちゃんの言葉を、ここは真似しよう。


「ちょ、ちょっとふたりとも……」

由衣ゆいは、放送部から抜けられないっ!」

 あれ……?

 ちょっと、真似するの失敗したかも?




 これまでのうれいは、一気に消えたの。

 わたしの生活が、一気に変わったんだよ!


 ……ねぇウナ君?


 これって、誰のおかげか知ってるかな?



 ……おまけにね。


 長いあいだずっとわたしを覆っていた、呪縛が解けたとき。

 ウナ君が、余分なこと。

 いってくれちゃったから……。



 あのとき、涙があふれたわたしは。

 思わずウナ君に飛び込みそうになってしまった。

 でもね、代わりに。

 月子ちゃんが、ギュッとわたしを抱きしめてくれた。


 ちょっと意地悪な考えだけれど。

 もしかして、あれはわたしの『進路妨害』じゃないかって思ったな。

 だって月子ちゃんってば……。


 最初は、ちょっとだけぎこちなかったけれど。

 そのあとは、絶対わたしを離さない。

 ウナ君には近づかせないんだって。

 そんな意志を、感じちゃったから……。



 それにね、このままだと。

 わたしの中でも『なにか』がはじまりそうで。


 そこから、もっと進んだとき。



 ……恋するだけでは、終われない。



 そうなったら、さぁ大変!



 だからわたしは。

 一気に先回りして、陽子ちゃんの波に乗ってみる。

 だからね……。

 ちょっと格好つけて、いわせてもらうね。




 ……わたしの恋なら、終わらせた。




 別に、次のアテなんて。

 これっぽっちもないけれど。



  『海原うなはらすばるは、渡さない』

 


 そんなこといっている、放送部のみんなの渦に飲み込まれるのではなくて。



 わたしは……外から。

 ワクワクして、眺めておくことにするねっ!






 ……わたしのせいで、ふたりが放送部を辞めてしまうの?


 固い握手をしている陽子ちゃんと夏緑と、バレー部長がいて。

 その姿を、アイツが無言で見つめている。


「由衣、決まったことよ。あらがわないで」

 その強い口調とは裏腹に。

 わたしの肩に乗せられた月子ちゃんの手は。

 やさしくて、見かけによらずあたたかい。


「しかたないね」

「いかせてあ・げ・る・か!」

 玲香れいかちゃんと、姫妃ききちゃんが。

 わたしたちに肩を、当ててくる。


「ちょっと、近いわよ」

「もう月子、由衣が残れてうれしいくせに〜」

「ほんと、素直じゃないねぇ〜」

 ふたりが、そう茶化したとき。


 ……月子ちゃんは、わたしの予想に反して。


「いなくなられたら、困るじゃない……」

 そんなことを、つぶやいた。



 意識せずに、涙が流れ出す。

「……泣くところかな?」

「泣くところだよっ!」

「そうね、たまには……」

 静かに、わたしたちが涙を流すと。

 バレー部の三人が、そこに混ざってきて。



 ただひとり、アイツだけは。



 ……カエデの木のそばで、空を見上げていた。






 ……放送室の窓辺では。

 先に戻った、佳織かおり先生と響子きょうこ先生。

 そして勉強中だったわたしが。

 並んでみんなを、眺めている。


「響子、寂しくなるわね……」

「でも佳織、応援しないとね……」

 仲良しのふたりは最初。

 顧問っぽいことをいっていたのだけれど。



「まぁ美也みやは、ライバル減ってよかったね!」

 佳織先生がまたいきなり、とんでもないことをいいだして。

「こら! わざといわないのっ!」

 響子先生は、叱るフリをして笑っている。



「いちいちふたりに、反応するのもなぁ……」

「えっ?」

「受験生いじめて、なにが楽しいんですかねぇ……」

「ウソっ!」

 ただこのふたりは、たまに妙に純情だから。

「ごめん! 傷ついたよね……」

「パン食べよっ! 好きなだけあげるからごめんね……」

 今度はなんだか、妙に慌てている。



「わたし……どちらの輪にも、入れないんですよ」

 教師でもないし、来年はもう高校生ではいられない。

 ひとりぼっちだと思うと、寂しくなる。


「学年の差って、残酷だよね……」

 佳織先生が、わたしの頭を撫でながら慰めてくれようとするけれど……。


 社会に出たら、あんまり関係ないよ!

 あ、でもその前は大学生か……じゃぁちょっと。

 いや、結構関係あるっけ……。

 ううん、意外と平気じゃない?


「……もう! ただ混乱してるだけですか?」

 色々な意味で、先生はわたしの『先輩』のはずなのに、

 これで本当に頼りに、なるんだかどうだか……。



「応援してるよ! 受験も恋も!」

 あぁ、でも。

 その笑顔だけは本物だ……。

 やっぱりわたしにとって、佳織先生って偉大な存在なんだ。



「わたしも、美也の受験を応援してる!」

 そして響子先生って、ある意味では更に上をいく。


「響子先生の応援には、『恋』が入ってませんけどね」

「えっ……そうかな……?」

 いや、わかってますけど。

 そこ、否定しないんですか?



「まぁ『美也推し』なのは、わたしだけだからさぁ〜」

 佳織先生が親友のピンチ、いや、真実をサラリといって。

「別に美也の邪魔とかまでは、しないけどね……」

 響子先生は、『わたし以外』の誰かを推していると認めてしまう。

 ほんとふたりって。

 教師としては……規格外だ。



「美也はさ、きっと特別なんだよ」

 未来に、その意味がわかったのだけれど。

 このときのわたしは、まだ理解不足で。その代わりに。



「……譲りませんから、わたし」



 部員のみんなには、直接いえないことを。

 あえてここで、口にしてみた。



「いいねぇ!」

「強いよね、美也は」


 なんだか、わたしたち。ちょっと調子に乗っている。

 でもそれが、楽しくて。



「恋するだけでは、終われないんで……」



 恥ずかしげもなく、そういって。

 わざとらしく髪をながすと。




 わたしは。

 『向こう』でひとりぼっちの、海原昴に向かって。





 ……大好きだよと、ほほえんだ。





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