第2章 ようこそ、クローバー ③挑戦と失敗-2


2.3.2 初めての挑戦


大学のサークル棟の一室。

いつもなら「じゃあ今日は誰がこのキャラね」なんて自然に割り振られていくのに、その日は胸の奥に妙なざわつきを抱えたまま、俺はタイミングを見計らっていた。


――言うなら今だろ。


喉が渇く。

手のひらもじっとり汗ばんでいる。


でも、心臓の鼓動に背中を押されるみたいに、俺は口を開いた。


「なあ……俺さ。女の子キャラ、やってみたい」


一瞬、場の空気が止まった。

けれど次の瞬間――


「マジで!?」


「いいじゃん、それ!」


「智也なら意外といけるかもよ?」


思った以上に明るい反応が返ってきた。

俺は肩の力が抜けるのを感じた。


「ほらね」


亜美がにやっと笑う。


「言うと思ってた。よし、じゃあ私がメイク担当するから安心して」


「え、ちょ、待て待て。今日いきなり!?」


「当たり前でしょ。思い立ったが吉日!」


気づけば衣装ケースが開けられ、ウィッグやドレスが広げられていく。

俺の逃げ道は、もうなかった。


***


「目つぶって」


亜美の声に従うと、頬に柔らかな筆の感触が走った。


「うわ……なんか変な感じ」


「大丈夫、大丈夫。はい、唇ちょっと突き出して」


仲間たちは周囲でワイワイ騒ぎながらも、興味津々で俺を見守っている。


「おー、智也、案外肌きれいじゃん」とか「脚ほっそ! これは化けるかも」なんて勝手なことを言い合っている。


やがてウィッグがかぶせられ、ドレスのファスナーが背中で上がった。


「はい、完成!」と亜美が手を離す。


俺は言われるまま、全身鏡の前に立った。


そこに映っていたのは――


……ぎこちなく女装をした「ただの男」だった。


肩幅が広すぎる。

顎の骨格がごつい。

ウィッグも浮いて見える。


衣装の華やかさと、俺の中途半端な顔と体のアンバランスさが、逆に目立ってしまっていた。


「……」


息が詰まる。

思わず視線をそらした。


「うーん……」


沈黙のあと、誰かが苦笑混じりに声を出した。


「ごめん、ちょっと厳しいかも」


「だよね」


俺は笑ってみせた。

冗談みたいに、軽く。


「鏡見て、自分でも思った」


仲間たちも気まずそうに笑う。


「まあ、初めてだしね」


「練習すれば……いや、でもなあ」


亜美だけが、何も言わずに俺を見ていた。

その視線の奥にあるのは同情か、それとも期待か。


どちらにせよ、俺の胸の中では別の感情が燃え始めていた。


――悔しい。


そう、はっきり言葉になった。

このままじゃ終われない。


俺は笑顔を作りながら、心の奥で強くそう思っていた。

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