第2章 ようこそ、クローバー ③挑戦と失敗-1
2.3.1 頭から離れない言葉
あの日の亜美の言葉が、耳に焼きついたまま離れない。
「ねえ、智也ってさ……女の子キャラも似合うと思うんだよね」
「まあ、いずれ挑戦してみればいいじゃん。絶対ウケるって」
冗談交じりに笑っていたのに、不思議とその響きだけが胸の奥に沈んでいる。
帰宅して歯を磨いているときも、電車で窓に映る自分の顔を見たときも、そのフレーズが頭の中でリフレインする。
「……俺が、女の子キャラ? いやいや、無理だろ」
口に出して打ち消してみるけど、説得力はない。
洗面台の鏡に向かってみる。
髪は伸ばしっぱなしの黒、地味な顔立ち、背丈だって平均くらい。
どう見ても「普通の男」だ。
だけど――
ウィッグをかぶって、化粧して、衣装を着れば……?
想像した瞬間、心臓がひときわ大きく鳴った。
「……考えるだけバカみたいだ」
頭を振って笑い飛ばす。
でも、その「バカみたいな想像」を止めることができなかった。
***
数週間後、サークルで誘われて行った小規模なイベント。
広いホールの一角で、ふと視線が釘づけになった。
ステージ脇、初めて見るレイヤーが立っていた。
腰まで届く金色のウィッグ、鮮やかな衣装。
動きや仕草は完全に「女の子キャラ」そのもの。
立ち姿ひとつで空気が変わる。
「うわ……すご」
思わず声が漏れる。
「でしょ?」
隣にいた亜美が、得意げに腕を組んで言った。
「彼、有名だよ。男子だけど女の子キャラばっかやっててさ、再現度高いって評判」
「……え、あの人、男なの?」
「うん、そうだよ、すごいよね。 っていうか“男なのに”って思わなくなるくらい、完成度高いでしょ?」
亜美がにやっと笑う。
返す言葉が出てこなかった。
驚きで頭が真っ白になって、ただその人を目で追っていた。
キャラクターのポーズを決めるたび、周囲から歓声が上がる。
写真を撮る人たちの視線に、彼は自然に応えていた。
その姿は、もう「男が女装してる」なんて言葉では収まらない。
「……できるんだ」
ぽつりとつぶやいていた。
自分でも気づかないうちに。
「ん? なにが?」
亜美が首をかしげる。
「いや……なんでも」
慌ててごまかす。
けど、心の中でははっきりしていた。
――できるんだ。本気でやれば。
誰かの冗談みたいに思っていたことが、目の前の現実として立っている。
胸の奥で、小さな火がついたのを感じた。
怖さもある。
笑われるかもしれない。
似合わないかもしれない。
でも、それ以上に――
挑戦してみたい、と思ってしまった。
「俺も、やれるんだろうか……」
その問いが頭から離れなくなった。
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