第2章 ようこそ、クローバー ①初めての仲間-3
2.1.3 小さな変身
「――じゃあ、ちょっとデモやろっか」
片付けがひと段落したところで、亜美が声をあげた。
部室の空気がぱっと変わる。
メンバーが自然と机のまわりに集まって、亜美の手元をのぞき込む。
俺も流れでその輪に加わった。
「今日は新入りもいるし、軽くメイクと着付けの流れをね。ほら、こういうの知っとくと裏方でも役に立つから」
そう言って亜美は衣装ケースから鮮やかなドレスを取り出した。
深い青のサテン地が照明を反射して、きらめく。
見慣れた部室なのに、急に舞台裏に迷い込んだような錯覚を覚える。
「まずは衣装。大事なのは着付けの順番。焦ると絶対失敗するから」
ぱちん、と留め具を外して、手際よく広げていく。
彼女の指先は迷いなく動いていて、布を扱う姿がやけに絵になる。
俺はただ見とれていた。
「で、次はメイク。光を味方につけるの。陰影を入れるだけで輪郭が全然違って見えるから」
さっき俺にやってくれたときよりも、ずっと本格的な道具が机の上に並んでいく。
ブラシ、パフ、パレット。
まるで魔法の道具箱だ。
「そして――これが一番の魔法」
亜美が両手で掲げたのは、長い金髪のウィッグだった。
ふわりと揺れた髪が、蛍光灯の光を受けて輝く。
「ウィッグをかぶせるとね、それだけで人が変わるんだ」
亜美が笑ってそう言った瞬間、俺の胸がどきりと鳴った。
「触ってみる?」
突然こちらに向けられた言葉に、俺は思わず固まる。
「え、俺が?」
「うん。大丈夫、壊れないから」
差し出されたウィッグを、俺はおそるおそる両手で受け取った。
意外なほど重い。
布やプラスチックの感触とはまるで違う、生きた髪の毛に近い感触。
「頭に乗せてみてよ」
「いや、俺は……」
「いいから、いいから!」
周囲の声に押されて、俺はしぶしぶ鏡の前に立った。
ウィッグを頭にそっと当てる。
前髪が視界にかかり、見慣れない金色が目の端にちらつく。
「おー! 似合うじゃん!」
「思ったよりイケる!」
「キャラ選べばそのままステージ立てそう」
わっと笑い声が上がる。
俺は恥ずかしさで顔が熱くなり、慌ててウィッグを外そうとした。
「ちょっと待って!」
亜美が俺の手を制した。
「せっかくだから、ちゃんと見て」
彼女に促され、俺は鏡に視線を戻した。
そこに映っていたのは――
やっぱり俺じゃなかった。
黒髪の地味な大学生じゃなく、鮮やかな金髪を揺らす「誰か」がいた。
「……」
言葉が出ない。
でも、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
「ふふ、悪くないでしょ?」
亜美がにやっと笑う。
俺は答えられないまま、ただウィッグを握りしめた。
手のひらに伝わるその重みが、何かを刻み込むように離れない。
――また、やってみたい。
その衝動が自然に浮かんできた瞬間、背筋がぞくりと震えた。
つい数日前まで、こんな世界に踏み込むなんて思いもしなかったのに。
けど今、火種みたいなものが確かに胸に残っている。
逃げられない。
でも――
それが怖いよりも、むしろ嬉しいと感じている自分がいた。
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