第1章 無気力な日常 ②運命の声かけ-2
1.2.2 変身の世界
案内されたのは、キャンパスの片隅にある古びた部室棟だった。
階段を上がった先、ドアに四つ葉のクローバーのシールが貼られている。
「ここがクローバーの部屋」
亜美が鍵を回して扉を開けると、中から賑やかな声が漏れてきた。
「お疲れー!衣装、順番に畳んで!」
「アイロンいるやつはこっち!あ、リボンは外さないで!」
「写真、あとでまとめてアップするね!」
部屋の中はカラフルだった。
衣装ラックには鮮やかなドレスや軍服、アニメのキャラそのままみたいな服がぎっしり並んでいる。
机の上には小道具やメイク道具、ウィッグが雑然と広がっていて、床には段ボールが山積みだ。
正直、圧倒された。
俺の大学生活は、講義、バイト、家。
それだけで埋め尽くされていた。
ここは、全く別の世界だった。
「おっ、亜美。そっちの子だれ?」
メイク落としで顔を拭いていた男が、にやっと笑って俺を見た。
「見学?まさか勧誘成功?」
「違うって。ただ通りすがりの人捕まえただけ」
亜美が軽く笑って返す。
「ふーん、でもせっかくだし歓迎だな」
「ようこそ、クローバーへ!」
別の女子がひらひらと手を振った。
俺は曖昧に会釈した。
居場所のない空気を感じて落ち着かない。
けど、彼らはそんなこと気にも留めずに次々と会話を続ける。
「いやー、今日のステージ盛り上がったよね!」
「特に亜美、めっちゃ映えてた!」
「でしょ?でも緊張したんだよ」
「嘘つけ、堂々としてたじゃん!」
笑い声が弾ける。
俺は黙って聞いていたけど、胸の奥が妙にざわついた。
さっきまで観客の前で堂々とポーズを決めていた亜美。
その同じ人が、今は輪の中で気さくに笑っている。
二つの姿があまりに違う。
でも、どちらも眩しい。
「智也くんだっけ?」
亜美が俺の名前をさらっと口にして、どきりとした。いつ名乗ったっけ……?と思ったが、多分さっきの自己紹介で口にしたのだろう。
「どう?すごいでしょ、みんな。普段とステージ上で全然違うんだよ」
「……ああ、確かに」
気づけば本音が出ていた。
「変わるんだよ、衣装着て、メイクすると。いつもの自分じゃなくなる。……それが楽しいんだ」
亜美がそう言って、ウィッグをひょいと手に取る。
その仕草も、なんだか不思議な説得力を持っていた。
俺はまた黙り込んでしまった。
けど心の中では――
「俺とは違う」
「でも、羨ましい」
そんな言葉が浮かんでは消えていた。
部屋を満たす熱気に、俺はただ飲み込まれていった。
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