第1章 無気力な日常 ①無気力な大学生活-4
ある日の昼休み。
購買で適当にパンを買って、中庭を横切って教室に戻ろうとしていたときだった。
いつもならただ学生がだべってるか、昼寝してるかくらいの芝生の一角が、やけに騒がしかった。
「もっと右寄って!そうそう、いいね!」
「衣装、ちょっと乱れてる。直すね!」
「じゃあ次、二人並んで!」
聞き慣れない高揚した声が飛び交い、カメラのシャッター音が小気味よく響く。
目を向けると、そこには――
アニメからそのまま抜け出してきたみたいな連中がいた。
長いマント、鮮やかなウィッグ、やたらと凝った小道具。
芝生の上でポーズを取って、仲間が夢中でシャッターを切っている。
後ろの方で見ていた男子が、俺の横で友達に囁いた。
「ほら、あれ“クローバー”だよ」
「へえ、またコスプレやってんのか」
……クローバー。
そんな名前のサークルがあるらしい。
俺は初めて聞いた。
正直、派手すぎて場違いに思えた。
俺には縁のない世界だ。
俺みたいに、サボる理由もないから講義を抜けることもなく、バイトを惰性で続けて、なんとなく大学を往復してるだけの人間には関係ない。
……そう思おうとしたのに、目が離せなかった。
「すごいな……」
思わず小さく声が漏れた。
自分でも驚いた。
胸の奥がざわついていた。
理由はわからない。
ただ、色のない日常のなかで、そこだけが異様に鮮やかに見えた。
俺は足を止めすぎないように、早足で中庭を抜けた。
けどその後も、衣装の色や笑い声が頭の中に残って、講義中も、ふとした瞬間に思い出す。
***
数日後。
授業の合間にまた中庭を通ると、衣装を抱えた学生たちとすれ違った。
すれ違いざまに聞こえた会話。
「今度の文化祭、出し物どうする?」
「やっぱステージだろ!」
俺は聞こえなかったふりをして通り過ぎたけど、耳の奥にその言葉がこびりついて離れなかった。
「文化祭でコスプレショーやるんだってよ」
別の日、友人の世間話でそんな情報が混じった。
俺は「へえ」とだけ答えた。
気にもしてない、という顔をしながら。
でも心のどこかで――
気になっていた。
……空っぽの俺とは違う。
あの人たちの世界は、やけに眩しく見えた。
***
そして、文化祭当日。
俺は目的もなく、キャンパスをぶらついていた。
模擬店の呼び込みを避けながら歩いていると、構内の一角に人だかりができているのが目に入った。
「次のステージは――クローバーによるコスプレパフォーマンスです!」
司会の声に、思わず足を止めた。
俺はただ通りすがっただけだった。
見に来たわけじゃない。
……そのはずだった。
舞台袖から現れたのは、鮮やかな赤いドレスの少女。
金色のウィッグがライトを受けて輝き、彼女は堂々とステージ中央に歩み出る。
その姿を見た瞬間、息が詰まった。
彼女は笑っていた。
大勢の観客の前で、堂々と。
演じるキャラクターになりきって、決めポーズを取る。
観客から歓声が上がり、拍手が沸き起こる。
俺はただ立ち尽くしていた。
同じ大学生とは思えない。
俺とは正反対の存在。
「どうしてこんなに違うんだろう……」
羨望。
憧れ。
そんな言葉が、形にならないまま押し寄せてくる。
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