第1章 無気力な日常 ①無気力な大学生活-3


1.1.3 流されるだけの自分


工場の白衣を脱いで、電車に揺られていると、ふと昔のことを思い出す。


中学生の頃、夜のリビング。

母はスナックの仕事でいつもいなくて、家の灯りは薄暗かった。

俺と姉の莉沙が並んでテーブルに向かっていた。


「智也、高校どうするかもう決めたの?」


姉は制服姿のまま、参考書を開きながら俺を見た。

疲れているはずなのに、眉間にしわを寄せてでも、俺のことを気にかける余裕を見せる。


「いや、特に考えてない」


俺はゲーム雑誌をめくりながら、気のない返事をした。


「じゃあ、私の高校にしなよ。そこなら通いやすいし、勉強もそこそこだし」


「……ああ、じゃあそうしようかな」


俺がそう言うと、姉は「ほんと流されるよね、智也は」と苦笑した。

けど、それ以上は何も言わなかった。


母が遅くまで働いて、家事は姉が全部やって。

俺は何もしなくても、「まだ子どもだから」で許されていた。


……そうやって育ってきた。


電車の窓に映る自分の顔を見ながら、思う。

俺は「何もしなくても許されるポジション」に甘えてきたんだ。流されるのは楽だった。

姉や母に決めてもらって、俺は頷くだけで済んだから。


でも、今こうして二十歳になってみると、残っているのは「空っぽ」だけだ。

流されてきた先に、俺自身の選択はひとつもない。


ポケットの中でスマホが震えた。

姉からのLINE。


《たまには実家帰りなよ。お母さん寂しがってたよ》


「ああ……」

俺は小さくため息をついて、既読をつけただけで画面を閉じた。


流されて生きるのは、確かに楽だ。


でも――

その楽さの代わりに、俺は何も持っていない。


そう気づいた瞬間、胸の奥に、ひどく冷たい空洞が広がるのを感じた。

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