第1章 無気力な日常 ①無気力な大学生活-2


1.1.2 無思考の時間


大学を出て電車に揺られ、さらにバスに乗り継ぐと、町外れの工業地帯に着く。

薄灰色の建物がいくつも並んでいて、その一角に俺のバイト先の工場がある。

外観はどれも似ていて、ここに来るたびに「よく毎回間違えないな」と自分でも思う。


タイムカードを押して、帽子と白衣に着替える。

無機質な蛍光灯の明かりに照らされたラインに並ぶと、もう余計なことを考える必要はない。


ベルトコンベアの上を、同じ形のプラスチック部品が途切れることなく流れていく。

それを一定のリズムで手に取り、決まった動作で組み合わせ、流す。

次を取る。

また流す。


それだけだ。


「今日も暑いなー。クーラー効いてんのかよ」

隣の中年の男性がぼやく。


「ほんとそれ。汗で手袋がべたべたする」

もう一人が笑いながら言う。


俺もつられて小さく笑ってみせる。


「ですね」

なんて当たり障りのない相槌を返す。


会話はそれ以上広がらない。

みんな仕事に戻って、またベルトの流れに意識を預けていく。


俺は、この感じが嫌いじゃない。

何も考えず、流れてくるものを処理して、流していく。

頭を空っぽにしても責められないし、むしろ「早い」とか「正確」とか言われれば評価される。


最初にここで働くことになったのは、俺が望んだからじゃなかった。

――少しはバイトでもしてみなさい。


母さんにそう言われたのがきっかけだ。

姉貴も横から「週に二、三回くらいなら余裕でしょ」と軽く背中を押してきた。


その時も俺は「うん」と頷いただけだった。

自分で探して選んだわけじゃない。

ただ紹介された求人の紙をそのまま持って行って、面接を受けて、採用されて……


気づけばこうして白衣を着ている。


「辻村くん、手慣れてきたね。最初はもたついてたのに」

シフトが同じ年配の女性が声をかけてくる。


「あ、はい。まあ……慣れました」


「若いんだから、もっといいバイトあるでしょ」


「そうですかね」


俺は曖昧に笑う。

心の中では「これでいいんですよ」と呟いていた。


いいか悪いかなんてどうでもいい。

ただ、ここには「何も考えなくてもいい時間」がある。

それが俺にはちょうど良かった。


カシャン、と部品がぶつかる音が耳に残る。

流れ作業のリズムに体を任せながら、俺は目の奥がぼんやりしていくのを感じた。


まるで自分自身までベルトに乗って、同じように流されているような気がした。

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