第4話 水路に潜むもの
アーネストは久しぶりに夢を見た。
「……ライオネル、本当に行くの?」
「僕は【シティ】がどんなところか知りたい。危ないことはわかっているよ。でも見てみたいんだ。」
「必ず、戻ってきてね」
「大丈夫、少し観光したら、すぐ戻ってくるさ」
決行は白昼だった。
レンガで作られた壁の、わずかな凹凸を掴み、足をかけながら、ゆっくりと登っていく。
彼の白い肌と白い服は、白く塗られた壁によく馴染み、目立たない。
アーネストは作業場でガラクタを運びながら、ちらちらと壁の方をみる。
ゆっくり、順調に登っている。
あともう少しで壁を越えられそうだ。
壁の1番上に手をかけた。
体を持ち上げ、壁にまたがる。
ライオネルはこちらを振り向き、大きく手を振ってみせた。
アーネストも、誰もみていないことを確認して、両手を大きく振りかえす。
ライオネルが手を振るのをやめて、【シティ】に降り立ったであろうそのとき、大きく一発、銃声が響いた。
よく晴れた、夏の終わりのことだった。
「大丈夫?」
リオが心配そうにアーネストの顔を覗き込む。
「なんでもない。」
じっとりと、髪が貼り付いてくる。
何を夢で見たかは覚えていない。
ただ、ひどい寝汗といやに強く握ってしまった拳が気持ち悪かった。
「十分休んだ。行こう。」
寝る前に用意したカバンを掴み、2人は水路へと向かった。
水路は、アーネストの部屋を出るとすぐ右手にある。
そもそも居住区の地下自体、ほとんど人が来ない。
アーネストのように、身寄りのない子供が何人か住み着いているくらいのものだ。
その子供たちも、今はまだぐっすりと眠っていて、物音はしない。
今のうちに、と目配せをし、2人は水路に下りた。
進んでいくと、居住区からの光は遠ざかり、次第に足元が見えなくなっていく。
「さすがに懐中電灯つかおうか。」
アーネストは、あらかじめ首から下げておいた懐中電灯のスイッチを入れた。
照らされた水路は、細く長く、一本道であるように見える。
向こうからは、キイキイと何か動物の鳴き声がしている。
「ホラアナコウモリだよ。」
こわがることはない、あいつら臆病だから、とアーネストが付け加えた。
「これがホラアナコウモリか!本物だあ!」
リオは嬉しそうにしている。
アーネストはなんだか、以前にもこのような会話をしたことがあると感じた。
しかしはっきりとは思い出せず、懐かしいような苦しいような、もどかしい気持ちになった。
しばらく進んで、アーネストは急に止まった。
「どうしたの?」
リオが聞くと、アーネストは口に人差し指を当てた。
前方のよく見えないところから、何か不気味な音が聞こえる。
アーネストは静かに言った。
「ここから、慎重に進もう。」
足元は相変わらず浅く水が張っているが、2人はなるべく音を立てないようにして歩いていた。
やがて不気味な音は聞こえなくなったように思われた。
2人が安心した、そのときだった。
「……こんなところを歩いて、どこへ向かうのかね。」
背後から低く、声が響いた。
2人はおののき、振り向いた。
懐中電灯で照らされた先には、ぼろぼろの衣服をまとった1人の老いた男がいた。
身構える2人に、男が言う。
「まあそうおびえるな。私は君たちの敵ではない。」
不気味に笑うその男は、2人についてくるように言った。
2人は、ただまっすぐ進むことを考えていたため気づいていなかったが、よく見れば水路は横穴だらけだった。
「細い水路だから、まさか人間が暮らしているとも思わなかっただろう。」
横穴のひとつに入るよう促される。
男がカチリとスイッチを押すと、水路全体が明るくなる。
「これ、あんたが整備したのか?」
アーネストが聞くと、男は頷いた。
「これでも以前は、壁の内側で電気やら機械やらをいじる仕事をしていてね。こんなことは造作でもない。」
そういうと男は小さな椅子に腰かけ、アーネストとリオにも座るよう勧める。
大人しくそこに腰掛けると、それで、と男は切り出した。
「君たちは、どうしてこんなところにいるのかな。」
「僕も、壁の内側から来たんです。」
リオが言うと、男は目を細めた。
「君がね。そちらの君は?」
「俺は、ラストタウンの人間だけど。」
ほう、と声をもらし、男は2人をじろじろと観察し始めた。
アーネストは、その無遠慮な視線に怒りがわき、男をにらんだ。
「なにかあんたに関係あるかな。俺ら、先に進まなきゃならないんだけど。用がないなら、お暇させてもらうよ。」
「まあそう焦らないで。ゲートから【シティ】に入れなかったんでしょ。それなら、急いでも仕方ないよ。」
男は不気味な笑みを浮かべている。
「なんで僕がゲートを通れなかったってわかるんですか?」
「そりゃあ、ねえ。」
男はリオの方をちらりと見る。
リオは首をかしげているが、アーネストは我慢ならず立ち上がった。
「おや、怒らせたなら謝るよ。でも、私の話は聞いて損はないと思うよ。ねえ、リオくん。」
アーネストは固まった。
こいつ、なんでリオの名前を知っている?
アーネストはリオを見るが、当の本人はきょとんとしている。
「あんた、何者なんだ。」
「やだなあ、ただの技術者だよ。リオくんは僕を覚えていないかい?」
リオはうーんと唸っている。
「ごめんなさい、思い出せないみたいです。」
「残念だよ、僕は君をよく知っているのに。」
「あんたの言うことは信用できないよ。」
アーネストが言うと、老いた男はそれじゃあ、と、昔話を始めた。
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