第3話 花の街の情報屋
翌日。
ハイドランジア地区には、ラストタウンでは珍しく、たくさんの花が咲いていた。
ハイドランジア、というのは、その花の名前らしい。
青や紫、ピンクの淡い花が、もこもこと丸く集まっている。
アーネストは初めてその花を見たはずだったが、どこか懐かしいような気がした。
ハイドランジア地区の町並みは、そんな花々に彩られ、ラストタウンのメインストリートと比べると鮮やかだった。
建物だって立派だ。
トタンの錆びた壁ではなく、しっかりとした壁があり、ずらっと並んだ大きな窓には、立派にもガラスがはめられている。
アーネストは、こっちをメインストリートにした方がいいのではないかと思ったくらいだ。
しかし、道にはほとんど人がおらず、閑散としている。
家なのか店なのかはわからないが、どの建物にも、人の姿は見えない。
「人、全然いないんだね」
リオが言った。
リオは知らない場所に来ても、怖がったり緊張したりするような様子は少しも見せない。
「たぶん、表通りから見える場所にいるはずなんだ」
あたりを見回すが、それらしい人影はない。
「呼んでみればいいんじゃないかな」
リオは大きな声で「じょうほうやさーん!」と言おうとした。
ほ、まで言いかけたとき、何者かがリオの口をふさぎ、羽交い絞めにして建物の中へと引きずっていった。
アーネストはリオを追って建物の中へ入った。フードを深く被った人物が、リオを口を押さえている。
「やめろ!」
アーネストは、フードの人物の腕をリオからはがそうと力いっぱいつかみかかった。
服に隠れていたその人物の腕は案外細く、ずっと拘束しようとしたわけでもないのかすんなりとリオを離した。
「君たち、昼間にこんなところで騒いでいたら連れ去られちゃうぞ」
フードを脱いで現れたのは、黒髪を後ろで束ねた、長身の女だった。
アーネストは、ラストタウンにもこんなにきれいな人いるのかと思った。
目は吸い込まれるように黒く、夜に星が輝いているように光を反射していた。
目じりは涼しく、薄い唇の端がきゅっとあがって、いたずらっぽく微笑んでいた。
「少年、私がきれいでも見とれるなよ。用がないとこんなところ来ないだろ。さっさと済ませて、帰るのが吉だぞ」
リオはその女性から少し距離をとり尋ねた。
「あなたが情報屋?」
「よくわかったね、私がそうだ。」
女性は明らかに少し怪しかった。
別にただの情報屋なら、こっそりと対価を払えば情報をもらえそうなところを、なぜこの建物に連れ込んだのか。
アーネストは、訝しむように女を見た。
「ここは色の街だよ。かくいう私も、この街の花の一人なわけだけど」
2人には、この情報屋の言っていることはわからなかったが、本来自分たちが来るべきところではないということだけは察しがついた。
「で、何の情報が欲しいの?まさか花を買いに来たわけではないんでしょう?」
「お花は要らないです。僕、【シティ】からきたんですが、ゲートを通ることができなくて」
「へえ。で、何が欲しいの?」
「【シティ】にこいつを連れていきたい。何か方法があれば教えてほしい」
「うーん、それは機密情報だね。ないわけではないが、高くつくよ」
「支払える対価なら払います。」
リオはまっすぐに情報屋を見て答えた。
「対価ねえ」
情報屋は、リオの全身をじっくりと観察し始めた。頭のてっぺんから、足の先まで、にらめつけるように、ゆっくり値踏みをするように。
「どれ、顔も見せてごらん」
リオはいきなり顎をつかまれてうろたえた。アーネストは、少しやりすぎなのではないかと思ったが、黙ってみていた。
リオのあごから手を離し、情報屋は二人に向き直った。
「わかった、【シティ】への抜け道を教えよう」
リオの目が輝く。
「ほんとですか!」
アーネストも内心、ほっとした。こいつを返してやれたら、俺の仕事も終わる。
「それで、対価だけど」
情報屋はリオを指さす。
「君のからだの一部をもらおうかな」
アーネストはぎょっとした。
「ダメだろ!他の条件はないのか!」
怒鳴るアーネストに対し、リオは淡々と言った。
「わかりました」
「お前、何言ってるかわかっているのか?」
アーネストがリオの方を両手でつかみ、ゆする。
リオはというと、きょとんとした顔をしている。
「わかってるよ?」
「じゃあ、取引成立ね」
情報屋の方も、何でもないように言う。
「人間の体の一部を奪うだなんて、いくら何でもあんまりだ!いくらラストタウンでも、人の体に傷をつければ罪になるんだぞ!」
アーネストは止めようとしたが、リオに制された。
「ごめんアーネスト。ここで待ってて。大丈夫だから。」
特別覚悟を決めた風でもなく、リオは笑った。
そしてそのまま情報屋と奥の部屋へと消えていった。
二人が戻ってきたときには、リオは右目に眼帯をしていた。
シャツの右腕部分もふわふわと、リオのあとをついてくるような動きをしている。
「目と……腕まで……」
痛々しい姿になっても、リオは変わらず笑っている。
「痛くないから、大丈夫だよ」
腕を切られて、目をえぐられて、痛くないはずがない。
リオは、痛くても【シティ】に帰りたい一心で、笑っているのだ。
見ているアーネストの方が、涙が出る。
目をそむけたくなる姿だ。
「地図、もらってきたよ」
残っている左手を持ち上げて、リオはこぶしを握って見せた。
腕は、目は大丈夫なのかとは、聞けなかった。
「……情報屋は?」
「一緒に戻りなんかしたら、アーネストに殺されるからって、いなくなっちゃったよ」
「あの女。」
「下水道から入るルートだから、汚いけど頑張って、だって」
ちょっとやだね、とリオは言った。
「僕右腕がもうないから、君が地図を開いて見せて」
アーネストは恐る恐る地図を受け取り、開いて見せた。
赤く、道筋が示してある。
「……居住区画だな」
赤い道筋は、ちょうどアーネストの部屋のすぐ近くからのびている、細くて誰も通れないような水路をなぞっていた。
「ちょうどいい。俺の家に行って、準備していこう」
アーネストの家は、よく片付いているので一見物がないように見える。
「必要なものって、何だろう」
そういいながら、人の家の中をあさるわけにもいかないので、手を後ろで組みながら少し部屋の中を眺めていた。
アーネストがおそらく自作したであろう戸棚を開け放つ。
大小さまざま、本当にいろいろなものがすっきりとおさまっている。
今日最初に来た時も思ったけど、本当によく片付いているなあ、とリオは感心していた。
自分の部屋は、もっといろいろなものであふれている。
「数年前、兄みたいな人と【シティ】に行ってみようって計画を立てたことがあったんだ。」
棚から保存食らしきものを出しながら、アーネストは話し始めた。
「結局俺は怖気づいて、やめようって言ったけど、その人は一人であの白い壁を越えたよ」
「その人は戻ってきたの?」
「……」
「ごめん、聞いちゃダメなこと聞いたかな」
「……帰っては来なかったよ」
「そっか」
その計画を実行できなかった時の荷物がそのままあるんだ、とアーネストはちょうど背負えるくらいの大きさのカバンを出した。
幸い、中の道具は劣化などしておらず、そのまま持ち出しても使えそうだった。
「ひと眠りしたら行こうか。」
二人は、ベッドというには手狭で固くて冷たい台に座って、壁にもたれて目を閉じた。
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