エピローグ

 僕は夜道を歩きながら、ポケットに手を入れる。指先に触れた箱。立ち止まり、一本取り出しかけて、やめた。

 箱ごと取り出し、ごみ箱へ放り込む。カラン、と乾いた音。空っぽになったポケットを確かめ、深く息を吸う。煙のない夜空を見上げた瞬間、ポケットの奥でスマートフォンが震えた。画面には、待ってくれている恋人の名前。

「……ああ、帰るところだよ」

短く答えたあと、少しだけ間を置いて続けた。

「そうだ、ひとつ言わなきゃ。……煙草、やめるよ」

受話口の向こうで、小さく笑う声がした。その声が不思議なほど心に沁みた。通話を切り、再び歩き出す。——耳の奥に、彼女の声が蘇る。

「好きになるのも、離れるのも、煙と同じ。ふっと出て、ふっと消える」

その言葉を思い出した。

胸の奥で長い煙がようやく晴れていく気がした。

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燻らす恋 @nyanp1101

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