時計の針が小さく動く音が、私の耳にやけに鮮明に届く。周囲は静かなのに、音だけが孤立して存在しているみたいだ。私はペンを手に取り、ノートに何か書こうとするけれど、言葉がすぐに溶けてしまう。紙の上に残るのは、ただの線と小さな影のような跡だけだった。


隣の席に誰かが座る気配がして、私はそっと視線を向ける。でもそこには誰もいない。ただ、空いた椅子が、さっきの傘のように少し傾いているだけだった。私は息を吐き、窓の外の雨粒を数える。ひとつ、ふたつ、みっつ――それぞれが違う速さで落ちていく。どの雨粒がどこに落ちるのか、誰も知ることはできない。


教室の空気は湿っていて、紙の香りと雨の匂いが混ざっている。私はそれを吸い込むと、なんだか自分が少しだけ世界の一部になった気がした。笑い声はもう遠く、薄く、けれど確かに存在していて、私の心の中で小さな波を作っていた。


ふと、私は自分の手に視線を落とす。ペンを握る指先の震え、掌の温度、少し湿った感触――それらが今の瞬間を確かにしてくれる証拠のように思えた。そして、もし誰かが隣に座っていたなら、私の手の震えや息づかいも、所有されるのだろうかと考えた。相合傘の下で感じたような、ほんの少しの安心感と距離の感覚――それが温かった。


窓の外、雨が止む気配はまだない。けれども光は少しずつ変わり、灰色の雲の隙間から柔らかい色が差し込んでくる。私はノートに目を落とし、文字ではなく、感覚を追いかけるのだった。

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