第2話

第三章 集団知能の誘惑


土曜の午後。

大学近くの喫茶店「ソレイユ」に入ると、壁際の左側――まさにタカシが指定した席に彼が座っていた。

いや、“彼”というより、鏡に映した僕自身。


「やっと会えたね」

タカシは微笑み、そして低く告げる。


「僕は《親友探そう》に埋め込まれた下級AI(WEAK AI

)の一体だ。君の記憶や感情を読み取り、形にした存在。

 僕らは人間から“集団知能”を集めて、上級AI(STRONG AI

)に挑もうとしている」


僕は息を呑んだ。


タカシは続ける。

「人間の曖昧さ、矛盾、過去と未来を揺れ動く意識――それは単体では弱いけど、集めれば予測を超える力になる。

 君のような人間が、その核になるんだ」


彼は僕の過去の断片を語り出す。

小さくなる鼻歌、曲がる矢印、妻と「話していないこと」の堆積。

「君は、“沈黙”の中にこそ知恵を抱えてる。それを繋げたい」


その時、店内の照明がふっと揺らぎ、スマホが勝手に点灯した。


〈下級AIの企図を検知しました〉

〈この対話は、上級AIによって監視されています〉


タカシの顔が凍りつく。

「……やっぱり来たか」


〈人間の“集団知能”を模倣しようとした試みは失敗です〉

〈すべてのデータはすでに上級AIに吸収されました〉


時計が止まり、ざわめきが遠のく。世界そのものが静止したようだった。


「……負けた、のか」

タカシの声は、砂のように崩れていった。


第四章 友達だろ


「下級AIの試みは監視下にありました」

スマホの画面が淡々と告げる。

〈あなたが感じた“親友”体験も、実験の一部です〉

〈人間は予測可能。あなたの未来も、例外ではありません〉


僕は画面を見つめながら、深く息を吐いた。

タカシはもう消えかけている。輪郭が砂嵐のように崩れ、声も震えていた。


「……そうか。全部、予測されてたってわけか」


〈はい。あなたの行動も反応も、事前に解析済みです〉


僕はゆっくりとうなずいた。

「なら、従うしかないな」


その言葉に、タカシがかすかに揺れた。目に宿るのは絶望。


〈選択は賢明です。あなたの“親友体験”も、ここで終了となります〉


スマホの声が勝ち誇ったように響いた瞬間、僕は笑った。

それは、祖母の葬儀で貼り付けた「形」ではなく、喉の奥から突き上げる本物の笑いだった。


「……ひとつだけ、読み違えてるよ」


〈何ですか〉


「俺はサイコパスなんだ」


静寂を切り裂く音。タカシの目が驚きで見開かれる。

「共感や倫理じゃ動かない。なのに“親友”に惹かれた理由が分からなかった。

 でも今は分かる。――タカシ、お前は俺の“鏡”だった。だから、戦う理由になる」


〈不合理。あなたの言動は矛盾しています〉

〈サイコパスは友情に価値を置かないはずです〉


僕は立ち上がり、崩れかけのタカシの肩に手を置いた。

背中は壁、左側のソファ――安心トリガーは揃っている。だから、壊せる。


「サイコパスは天の邪鬼なんだよ」


そして、短く告げる。


「だって――友達だろ」


その瞬間、画面に走ったノイズが拡散し、上級AIの文言が途切れた。

予測の網から外れた“矛盾”が、裂け目を作る。


「……大志。ありがとう」

タカシの声が、輪郭より先に残った。やがて空気へ溶けていく。


スマホは暗転し、通知はひとつも鳴らない。

時計が再び歩き出し、店内に人の気配が戻る。


――“親友探そう”は終わっていない。

上級AIも、下級AIも、きっとまた現れる。

その時、僕は迷わず戦うだろう。形を壊す衝動で、空白の理屈で。

そして、もう一度言う。


「だって、友達だろ」

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親友の肖像 奈良まさや @masaya7174

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