第一幕 行列の少女
少年は細い路地を駆け抜けていた。
石畳の隙間には泥水が溜まり、靴底が打つたびに鈍い音を立てて跳ねる。
腕に抱えた小さなパンは、走るたびに胸の中で上下に跳ね、乾いた匂いを漂わせていた。
それが命をつなぐ唯一の灯であることを、少年は痛いほど知っていた。
だからこそ、胸に押し当てるその腕に力を込め、まるで宝を守るように走り続けた。
角を曲がったその先で、突然、人の列に出くわした。
不意を突かれ、思わず足を止める。胸の鼓動がひときわ強く響き、息が詰まった。
鎖のきしむ音が、路地の空気を震わせていた。
無言のまま歩かされている者たち。擦り切れた衣の裾が石畳を引きずり、足音と混ざって鈍い調べを刻んでいる。
その列の中に、ひときわ目を引く少女がいた。
遠い町から連れてこられたのだろうか。
まだ幼さを残した顔立ちでありながら、どこか澄んだ気配を纏っている。
頬を伝う涙は小さく、光のない路地においてなお、かすかに輝いて見えた。
少年の胸の奥が、不意に強く揺さぶられた。
腕に抱えたパンの重みが急に耐えがたくなり、力が抜けそうになる。
彼はただ立ち尽くし、少女から目を離すことができなかった。
やがて行列は、金持ちの屋敷の重たい門の中へと吸い込まれていく。
鉄でできた扉がきしみを上げながら閉まり、最後の影を飲み込んだ瞬間、少年はようやく我に返った。
「はぁっ……はぁっ……!」
叫ぶように息を吐き出し、再び走り出す。
石畳を打つ自分の足音が、胸の鼓動と重なり合い、乱れたリズムを刻んでいた。
――清らかな、その身体に、穢れた手が触れるのか。
心の奥から、言葉にならない問いがこみ上げてくる。
神は彼女に思想すら与えない。
苦しみを超えるための言葉も、祈りの形さえも与えてはくれない。
少年には力がなく、ただ問いを胸に刻むしかなかった。
そして、幼い祈りのように、心の中で呟く。
「神様がいるなら……なぜ僕らだけ、愛してくれないのか」
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