カルマの坂-微笑の祈り

燈の遠音(あかりのとおね)

プロローグ ――乱れた世の片隅

ある時代、ある場所。

人々は飢えに喘ぎ、街は悲鳴と罵声に満ちていた。


誰かの笑い声でさえ、別の誰かを踏みにじる音に聞こえる。

正しさは力のある者の手に握られ、弱き者に残されたのは空腹と絶望だけだった。


少年は小さな腕に、かじりかけのパンを抱えていた。

硬く乾いたそれは、今の彼にとって何よりも重い宝だった。


追いかける男たちの怒鳴り声が背を刺す。

石畳を打つ足音が迫るたび、胸の奥の心臓は今にも破れそうに跳ねた。


だが、彼の耳に最も強く響いていたのは別の音だった。

腹の奥で鳴り止まない、どうしようもなく惨めな空虚の音。


「飢え」が彼を突き動かし、「恐怖」が足を速める。

罪悪感も羞恥もとうに置き去りにして、ただ風のように走り抜けるしかなかった。


盗みを覚えたのがいつのことだったか、もう思い出せない。

昨日かもしれず、もっと昔からかもしれない。


ただ確かなのは、それが生き延びる唯一の術となり、いつしか彼の「生き方」そのものに変わっていたことだった。


乱れた世の片隅に、名もない少年が一人。

ここから――この物語は始まる。

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