【カクヨムコン11・短編】銀髪の『唄』と吸血鬼
東條零
第一話 鼻歌の副作用
「セラ、鼻唄」
ルドガー・リー准尉が、横でフンフンと楽しそうに鼻唄を唄いながら報告書をタイプしている少女を、肘で軽くこづいた。
「あ、いっけない」
少女、セイレーン・ボルジアは、ハッとして口を押さえる。
あわてて周囲を見回すと、さっきまで忙しそうに仕事をしていた同僚たちが、思い思いのポーズで眠りこけていた。
まるで、保育所の『お昼寝の時間』である。
「うわぁ、大変! これ、もしかして、あたしの仕業?」
少女は、オロオロして男を見上げた。
男は、切れ長の目で少女を見おろし、皮肉っぽく肩をすくめた。
「少なくとも、俺の仕業じゃ、ないね」
──いぢわる……。
少女は、すねた瞳で男を睨んで、席を立った。
右隣で机につっぷしている夢子の肩を、ゆらゆらと揺する。
「夢子ちゃん、夢子ちゃん、起きて」
しかし夢子は、うんともすんとも言わない。
「どうしよう……」
男は、椅子の背もたれにふんぞりかえって、すっかり呆れ顔だ。
「おまえ、自分の
「だって……」
鼻唄にまで責任持てないわよ、という言葉を、ゴクリと呑み込んだ。
かわりに、口が、つんととんがる。
「まったく、世話のやけるお嬢さんだな」
面倒くさそうに、男は立ち上がった。
隣で、首を後ろに大きくそらし、仏の笑顔でトリップしている中年軍人を、見る。
「あーあ。ボガード大佐も、平和なツラして……」
低くつぶやいて、少女を振り返った。
「目覚めの呪文みたいなもん、ないのか?」
「だって、あたし、意識して唄ってなかったもの。だから、これ、副作用だと思う……」
「副作用、ね」
男は、室内で寝ている全員の周りを歩き回った。靴音が、静かな室内にカツカツとこだまする。
彼の動きに従って、そのまっすぐ伸びた豊かな黒髪が、サラサラと揺れた。
「セラ、窓、開けて」
「どうするの?」
「多分、ヤクでトリップしているようなもんだな。ほっときゃ醒めるが、仕事がはかどらないだろ?」
「う、うん」
少女は、曖昧にうなずく。
「だが、お前には起こせない。ああ、困った困った」
少女は、また、口をとがらせる。
「そうだけど……」
「じゃあ、俺が、起こすしかないだろう?」
「どうやって?」
「成功したら、夕食、お前のおごり、な」
男は、ニッと笑った。
自信たっぷり、だ。
少女はしぶしぶ、言われた通りオフィス側面のはめ込みユニットの非常口を、開け放った。
地上三○階、開けると、強い風がびょうと吹き込む。
普通、こういったビルは完全空調コントロールなので、窓を開ける必要はない。だから、開閉可能なのは非常口くらいなのだ。
男は、目を伏せてうつむいた。
別に呪文を唱えるふうでもなく、パッと顔を上げて空を睨む。
瞳が、金色に光った。
その、刹那。
快晴の空に、光る亀裂が入った。
稲妻だ。
「きゃ」
少女は、あわてて耳を押さえてしゃがみ込む。
次の瞬間、追いかけるように轟音が転がり落ちてきた。
まるで、天が裂け地が割れるような、もの凄い雷鳴である。
何が嫌いといって、少女は、雷とみみずが大嫌いなのだ。
「ルドガーの、ばかぁ……!」
毒づく声にも元気なく、少女は床でうずくまった。
と。
「おおっ! ものすごい雷だなぁ!」
天下太平でトリップしていたボガード大佐が、立ち上がった。
見ると、周りの同僚たちも、空白の数分間などなかったかのように同じような反応で空を見ている。
「本当に、久しぶりですねぇ、こんなにすごいのは」
迎合するように、ルドガーは言った。
なにくわぬ顔で窓際に歩み寄り、開閉スイッチを操作して非常口を閉める。
ひょいと、床にうずくまったままの少女を見やった。
「なにやってんだ、お前?」
少女は、きまりの悪そうな顔で愛想笑いをして、男を見上げる。
「こ、腰が……。腰が抜けて……」
「あー?」
「だって、だって、怖かったんだもん……」
男は、ため息をついた。
「まったく。お前ってやつは……」
ひょいと、彼女を抱き起こす。
そして、耳元で低くささやいた。
「晩飯、忘れんなよ」
その少女、セイレーン・ボルジアは、厚生府でも最も秀でた『唄』であった。
彼女の声は、全宇宙のどんな楽器よりも聴く者の心を動かし、奏でるメロディは人々の病んだ心を癒す。
若冠一七歳。セイレーンは、唄うことによって人々の心を『安定』に導くサイコセラピストである。
そして、その相棒がルドガー・リー准尉だ。『唄』である少女を護衛し、困った時には良き(?)相談相手となる役目だ。
彼の外見は、二○歳そこそこの氷の美貌を持つ美青年、といったところだが、実際は少々違っている。
彼は、昔からよく知られている人類亜種、つまり、俗に言うところの『吸血鬼』という種族なのだ。
氷の美貌はあたりまえ、牙だってちゃんと生えている。
人ならざるものであるためか、彼にはセイレーンの『唄』の影響はほとんど見られない。
彼女が気まぐれに唄った鼻唄で室内のみんなが楽しくトリップしていたのに、彼だけが正気を保っていたのが、その証拠である。
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