魔王VS魔魚王
その者が陸に上がったのは一度ではない
まだ魔物化する前
一匹の小魚がいた
その者は毎日の餌を確保するのも苦労する
下手すると自分がえさになりかねない、いわば弱者であった
その日も餌を求めて彷徨う
そして浮いている餌を見つける
しかし陸に近く、罠である可能性もあった
構うものか
飢えて死ぬか、食われて死ぬか
死ぬのは変わらないのだから
勢いよく食らいつく
案の定だ
針が口に刺さり抵抗する間もなく引き上げられる
死んだ
海から出て初めて出た感想だ
息が苦しい
針が刺さって痛い
だけど別にいい
弱肉強食の世界だ
覚悟していた
しかし偶然とは起こるものだ
抵抗しなかったが故に
勢いが付きすぎたのだろうか
それとも神のいたずらだろうか
「いでぇ!」
力任せに引き上げた勢いが思ったよりも強かったのか
ヒレが釣り人の目に刺さる
「いてぇ…いてぇよ」
思わず竿を離し、目を押さえる
それでも魚が海に帰れたわけではない
ただ陸で跳ねることしかできない
だけど一つだけわかった
俺は生き残れる
跳ねる、跳ねる
海に向かって跳ね続ける
息苦しいが関係ない
ここで甘えてしまっては助かる命もない
どれだけの時間が経ったか
今思えば恐らく数秒だったのだろう
それでも永遠に感じた
そうしてようやく、海が近くなる
ああ!俺は助かるのだ
意を決して海に飛び込む
神というのは残酷だ
生き残れたと希望で満ちたものを絶望の淵に落とすのだから
簡単な話だった
針が取れない
肉に深く刺さった針を取ることができない
そして理解する
結局食われるのか
ならばなぜ希望なんか見せたのか
神というのは残酷だ
だが…気まぐれでもある
{スキル《
種族;魚類から種族;魔物に変化します…成功}
突然脳内に機械のような声が流れてくる
もちろん魚には何を言っているのか理解できなかった
しかし体の変化はすぐに起こった
生まれる時、卵の膜を破るかのように
成長して今までの体に違和感を覚えるように
そうして一匹の化け物が誕生した
そしてその牙は…近くの
その化け物はありとあらゆる場所で王者となった
魚も人間も、食いつくした
一匹の弱い魚は最強の生物になった
…いや
最強だった、が正しい
今この瞬間に
生存本能が叫ぶ
逃げろと、死にたくないと
強者になってからこんなことはなかった
弱者だった頃を思い出し、逃げ出したくなる
だが前にしか逃げ道はない
だから立ち向かうしかない
そうして覚悟を決める
それに相対する者も考える
少しでも攻撃が当たれば死ねる
それだけ恐ろしい生物に相対している
しかし避けるだけではダメだ
逃げられてしまう
避けることも当たることも許されない…死ぬかもな
「だが面白い!
かかってこい!魔魚王!」
その言葉が戦いの狼煙になる
跳ねることでしか動くことができない魔魚王
しかし体重100キロもあり、更に刃を持っている
ただの跳ねるとは訳が違う
もっとも大きく跳ねることは不可能だ
精々人間一人を潰せるくらい
…十分である
魔魚王はガルガイヤーに向かって跳ねる
高さはそんなにない
ヒレの刃が当たるかどうか
まずは様子見だ
そんな思ったのも束の間
「…ッ⁉」
腹部に激しい痛みを感じる
いや、それよりも不思議なことが起こる
いつの間にか元の場所に戻されている
あまりにも一瞬の出来事で魔魚王には理解が及ばない
ガルガイヤーは成功したことに安堵する
一瞬のうちに跳ねてきた魔魚王を受け流し、蹴りを入れて元の場所に戻す
全く人間離れしている
魔魚王は本能的に理解する
…次で決めないといけない
実際、ガルガイヤーは次は本気の蹴りで命を刈り取るつもりだった
一か八か
「…む?」
ガルガイヤーはそんな魔魚王の変化に気づく
さっきまでの殺気が無くなった
何を考えている
そう思ったのも束の間
また跳ねてくる
今度は…さっきよりも高い
我を殺しに来たか
避けを選択しようとして気づく
後ろの海に
「逃げる気か!」
避けて逃げられるか、避けず死ぬか選べ…か
「面白い!」
…魔魚王は勝ちを確信していた
どう考えても俺の方が有利
だけどなんだ
この心に残る不安は
それでももう引き返せない
ガルガイヤーは避けない選択をした
…なら死ね!
ぶつかる少し前にガルガイヤーは…跳ねた
魔魚王よりも少し高く
今思えば完璧なタイミングだった
結局、俺の攻撃を避けるか
ならば海に逃げるだけ
俺の…勝ちだ
そう思えたのも一瞬だった
「我の必殺技!
高所から…踵落とし!」
「⁉」
すぐ上からそんな声がする
…あまりにも近すぎる!
このままでは当た
「これで終わりだ!」
「ギュェェェッェェェ!」
魔魚王の頭にガルガイヤーの踵落としが当たる
その衝撃で地面がひび割れる
それでも魔魚王の頭は潰れていないのだからどれだけ頑丈なのか分かる
「それでも脳震盪には耐えられんだろう
…我の勝ちだ」
こうしてガルガイヤーは勝利を収めた
時は少しさかのぼり…
ラプラスは防音魔法を張りながら遠目でガルガイヤーを見る
あの人、興奮して正体隠してるのに魔王とか叫び出しそう
「我は魔王ガルガイヤー!
主を殺す者の名だ!」
ほらね
ガーさんと偽名を名乗ってまで正体隠してるのに
まぁ周囲に生命体の反応はないからいいけど
魔魚王と戦う魔王ガルガイヤーを見て考え込む
あの人は何者なのか
魔王トーナメント
数十年に一回行われる魔王を決めるトーナメント
つまり、どんな物にも魔王になる権利はある
…というのは表向きの話
実際は出来レース
決勝戦になると魔王軍幹部と魔王だけになる
そして魔王が勝つ
この流れが破られたことは殆どない
魔王が変わるのは大体前の魔王が死んだ後に魔王抜きのトーナメントが行われる時
魔王を倒すというのは偉業なのだ
そしてそれを行ったのは前魔王のリュカ様と…今の魔王ガルガイヤーだけ
「歴代最強と言われた魔王を倒した魔王…
一体何者なの?
それにリュカ様のあの死に方…」
あの日私は最前列で見ていた
リュカ様の次に強いであろう男の闘い
《未来演算方程式ディアボロス・ラプラスを使っても何が起きたのか分からなかった
気づいたらリュカ様は塵になっていた
トーナメント用の死亡無効結界がなければリュカ様は死んでいた
そんな
これは異常な事態である
今日ようやくつかんだ足取り
それでも釣りをしていることしかわからない
「いや、なぜ釣り?
しかもこんな所で…」
確かにガルガイヤーが釣りをしている所は釣りをするには最適かもしれない綺麗で素敵な海
だけど魔族が住むには最悪だ
最前線都市 ドラングサイド
魔族と人間の戦争の最前線
今は小競り合いも起こっていないが昔は酷かった
そんな争いの怨嗟が今も残っている街…というのが魔族の認識だ
「確かに人間と魔族が共存している唯一の都市とも聞くけど」
理由は簡単
王都と最も遠いからである
しかし、あくまで噂止まりだ
何か確実な証拠があるわけではない
そんな街で暮らしている
…ここに暮らすために鍛えたら最強でした⁉
とかじゃないでしょうね
そんなことを考えていたら魔魚王との戦いが終わる
やっぱり…強い
魔魚王も決して遅いわけではなかった
目で追うのがやっとなぐらいには速かった
それなのにタイミングよくジャンプして膝蹴りを食らわせた
あと一秒でも速かったら逃げられていたし一秒でも遅かったら死んでいた
…ありえない運動神経
一体どうしたらそんなに強くなれるの?
「彼のぉぉ強さの秘密…探って頂戴ねぇぇ」
リュカ様にもそう命令された
私はリュカ様へ恩を返すためにもガルガイヤーについて調べなければいけない
…ちょっと怖いけど
「ラプラス!こっちに来てくれ!」
「あ、はぁい!」
呼ばれたから急いで向かう
「どうしました?」
「我は魔魚王を運ぶ
だからチラシを持って行って欲しいのだ」
チラシ…ガルガイヤーが椅子にしていたものね
チラシの束を持ち上げる
「これをどこまで持っていきます?」
「む?
チラシを見よ
大体書いておる」
言われるままに手に持っていたチラシを一枚見る
「え⁉正気ですか!」
「正気だ
魔魚王など片手で持てる」
「いや!ちがっ!
違くないですけど!」
体重100キロあると言われているものを持ち上げるのも凄いけど!
それよりもチラシの内容の方に驚いた
『不定期食堂「ガーさんの家」
本日オープン!
「絶対来るのだぞ!」』
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