趣味人魔王様!
気まぐれなリス
プロローグ 趣味人
趣味人…と言う言葉をご存じだろうか
その名の通り趣味に生き、趣味に死ぬ者たち
これはそんな趣味人の物語
ある男がチラシの束を椅子にしながら海釣りをしていた
小さな餌に魚がかかるのを鼻歌を歌いながら待っている
その男は明らかに異質だった
黄金になびく髪
全身筋肉でできているような体
背筋も綺麗だ
どこかいい所の生まれなのだろうか
そんな男に近づく老人がいた
「おう、ガーさん
何か釣れるかい?」
ガーさんと呼ばれたその男は振り向かずに答える
その声はかなり低く、聞く者によっては圧を感じる
「今日は時化るぞ」
時化る
つまり海が荒れるということだ
しかしそんな予兆はない
だが老人には意味が分かった
「なるほどな
じゃあ今日は止めとくわ
餌代も馬鹿にならないし」
「それがいい
人間には釣れん」
まるで自分は人間でないような言い草だ
実際、男は人間ではない
それは老人も承知なのか特に気にしない
「ま、何か釣れたら見せとくれ」
そう言い帰ろうとした老人に男は
「ちょっと待て
こっち来い」
「ん?なんだい」
「これ」
椅子の代わりにしていたチラシを一枚手渡す
それを一目見た老人は目を見開く
「ガーさん!
アンタ本当にやるんか⁉」
そう言われようやく男は老人を見る
その顔は笑みを浮かべていた
「もちろんだ
俺に妥協の一文字はない!」
「…はっはっは!
やっぱガーさんは面白いな
ワシも友でも呼ぶとしよう」
「頼んだぞレム爺」
レム爺と呼ばれた老人が去った数分後
予想通り海に奴が現れた
「今日はまた…大きいな」
そこにあったのは竿にかかった餌をつつく魚影
一つ違和感があるとするならば大きすぎること
影だけでも男の三倍はあるように見える
「水の中にいるからもっとデカい…か
我の獲物として不甲斐なし!」
問題は餌にかかるか
思ったよりもサイズが大きい
餌がお眼鏡にかなわない可能性がある
「いや、かなり興味を持っているように見える
恐らく時間の問題だろう」
男は長年の経験からそう語る
流石は何十年もここで糸を垂らしていただけある
しかし予想だにしないトラブルとは起こり得るものである
「ガルガイヤー様ー!どこですかー?」
「…もうここまで嗅ぎつけたか」
それは追っ手である
男を捕まえるためにわざわざ遠くの魔王城から来たのだろう
物陰から姿を確認する
黒い長髪に黒いスーツ
高身長も相まってよく似合っている
それに眼鏡と秘書のような恰好をした女性である
そしてその者には見覚えがある
「…厄介な」
ココを嗅ぎつけてくるあたり十中八九そうだろうとは思った
他の者なら知らないふりが通るが奴は唯一我の顔を知っている
…何故、奴は認知阻害魔法のかかった仮面をつけても効果がないのだ
あれは神でも欺ける我お手製だぞ
それも趣味で作ったものだが、その物語はいずれ
奴から逃げるのは簡単だ
今から走れば絶対に追いつかれない
だがそれは許されない
男は今、趣味を楽しんでいる
それも男史上最も大きい魚影を持ちし者
ここで逃げることは敵前逃亡
一等の宝くじがあるのに交換しないのと同じこと
故に男は留まる
もしかすると気づかれないかもと淡い期待を抱きながら
「見つけましたよガルガイヤー様」
…そんな期待はすぐに裏切られたが
どうしようか…誤魔化すか
「誰だそれは
我はガルガイヤーとか言う奴ではない
ガーさんだ」
「流石に無理ありますって
偽名も特に騙す気を感じませんし」
「そもそも騙す気がない
ガルガイヤーと言う名は人を怖がらせる
それに対しガーさんなら親しみが湧く」
「絶対そんなことないですけどね」
「それもそうだな」
そう言うと男、もといガルガイヤーの隣に座り込む
…何故隣に座った
我を連れ戻しに来たのではないのか
聞いた方がいいのか?
「私、あなたのこと分からなくもないんですよ」
「む、どういう意味か」
「私も仕事したくないです
スキルが特殊だからって魔王幹部総括なんて
別に戦いが強いわけでもないですし
スキル以外ない女ですよ私は」
「そんなことはないぞ、ラプラス」
「…え?」
「幹部統括は力だけを示せばいい魔王とは違う
力を持ちし者たちを纏めるだけの根性
それに恐れない心
そして常識
どれかが欠けるだけで魔王軍は壊滅する
そういう意味で前魔王は主をスカウトしたのだと我は考える」
ガルガイヤーは子を褒めるようにラプラスの頭を撫でる
ラプラスも特段嫌がっているようには見えない
そうして照れくさそうに言う
「魚かかりますよ」
「早く言え馬鹿者!」
「私もビックリしましたよ
《
竿がものすごい勢いで引っ張られる
思わず立ち上がって全力で竿を引く
「それにしても!もっと早く行って欲しかったぞ!」
「お仕事サボった罰です」
「何も言えぬ!」
スキル《
ありとあらゆる情報を使って計算を行うことで未来や人の行動を読むスキル
情報が新鮮ならば命中率はほぼ100%
魔王幹部総括として裏切る可能性のある者がいないか演算するのが彼女の仕事の一つ
そんな彼女ならばココに着いた時点で演算を終わらせていただろう
もっと早く言えたはずである
…落とさなれなかっただけ感謝しなければならないのかもしれないが
スキル
人間も魔族も必ず一つ、持って生まれるもの
スキルにも強さがある
そして残念なことにスキルで個人の強さは決まる
一部例外を除いてではあるが
「強化魔術必要ですか?
一応かけることができますけど」
「強化魔術?
そんなものはいらぬ!
我は我の力だけで解決しよう」
「だと思いましたよ」
魔術
神が使うことができた魔法を我々にも使えるように改良したもの
第一から第五まであり、数字が大きいほど強くなる
しかしほとんど使われることはない
前述したとおりスキルのパワーが高すぎるからだ
一応、戦闘前に身体強化の魔術が使われるぐらいである
話がそれてしまった
釣りに話を戻そう
ガルガイヤーは縦横無尽に動く竿を押さえながらリールを全力で巻く
魚も負けずと暴れる
しかし魚は違和感に気づく
ガルガイヤーが全く動いていない
確かに竿先は折れそうなほど動いている
しかしガルガイヤーは涼しい顔をしている
それに重心が全くブレていない
魚は本能的に理解する
コイツは海に落とせないと
魚が長い年月をかけて魔物になったもの
全長は4メートル超、体重は100キロはあると言われている
恐ろしいのは釣り人を釣るところである
何も知らない釣り人の竿にわざとかかり、糸が切れないぎりぎりの力加減で釣り人を海に引きずり込む
例え引きずり込まれなくてもワザと力を抜き、釣り人が倒れたところを陸に上がって捕食する
魔物化しているので五分くらいなら呼吸が出来なくても生きれるのも恐ろしい
釣り人殺しである
対処法は竿を離すこと
これ以外にない
そんな魚の王ともいえる存在が恐れた
陸にいる釣り人を格上だと認めて
そうなればやることは一つ
背ビレにある刃で糸を切って逃亡
この魚が海で最強と呼ばれている理由の一つ
ありとあらゆるヒレに刃がある
これにより敵を切り刻むのはもちろん獲得したエサも切り刻むことができる
切れ味も素晴らしく、この個体の刃で切れない物はなかった
しかし自慢の刃で細い糸を断ち切ることはできなかった
これには魔魚王も驚く
こんな細いものに自分の刃が負ける…だと?
そして同時に気づく
獲物だと思って近づいたが獲物だったのは自分だったのか
明らかに自分を対策した鋼鉄の糸
「ようやく気付いたか
自分が獲物だということに」
魔魚王にはガルガイヤーが何を言ったのか理解できなかった
しかし死が近いことを悟った
糸を一度緩くしてから逃げるのはどうだ
いや、相手は全力でリールを巻いている
一度でも緩くしたらそのまま釣られてしまうだろう
…いや、それならどうだ?
一度釣られてれも五分なら陸の上でも活動ができる
五分で油断した釣り人を殺す
そして逃げればいい
作戦は固まった
ワザと時間を使い、ゆっくりゆっくりと陸に近づけられる
慌てる演技も忘れずに行う
まだだ、まだ襲うな
奴が限界まで力を使ったところを襲うんだ
海面に段々と近づいてくる
…今だ!
ヒレというヒレの刃をガルガイヤーに向ける
ガルガイヤーが釣り上げる力と魔魚王が飛び上がる勢いでスピードは恐ろしいものになっていた
そう思ったのも束の間
ガルガイヤーは向かってくる魔魚王よりも速く動く
そして魔魚王を完全に受け流す
「やはりか!
油断も隙もない!」
完全に読まれた
しかし魔魚王は慌てない
サイズ的に刃が当たればガルガイヤーは死ぬ
それに奴は竿を離した
五分で決着をつけてやる
殺すなり逃げるなり、どちらでも勝ちなのだ
そしてそれはガルガイヤーも分かっていた
分かっていたから叫ぶ
「我は魔王ガルガイヤー!
主を殺す者の名だ!」
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