The day after 乗っ取られ

  現実的に考えてありえない。突然他人に成り代わられるなんて。そうだ、これは夢に違いない。明晰夢――とは少し違うか、でも夢は夢。ならどうすればいいか。

 答えは簡単だ。もう一度寝てしまえばいい。とはいえここで寝るのも憚られる。あの日の黒歴史トラウマを思い出すのは嫌だけど、この悪夢よりはマシ。わたしは、いったん家に帰ることにした。

「碧唯ちゃん、どこに行くの?」

「馴れ馴れしく呼ばないで。わたしの家。これであんたともおさらばよ」

「行っても意味、ないんだけどなあ」

 また手が出そうになったけれど、堪える。こんな奴に構ってたってどうにもならない。


 玄関のカギはかかっていた。お母さんの車がなかったから、おおよそ予想はついてたけど。どこか空いてるところはないか探す。こういう時開いていそうなところは。

 これじゃ泥棒みたいだ。思わず苦笑する。思った通り、庭に面した窓のカギが開いていて、わたしはなんなく家に這入ることができた。さあ、眠りにつこう。いまさっきのことは全部忘れよう。

 我ながら、なんとまあ荒唐無稽な夢だったのだろう。きっと疲れていたんだろうな。




 お母さんが帰ってきた音で目が覚めた。時計を見ると、十二時十三分。どのみち遅刻は避けられないみたいだ。

 階段を降りながらお母さんに声をかける。

「ごめんお母さん、今日ちょっと体調悪くて―—」

「あらやだ、ジャガイモ、買い忘れちゃった」

 そういって、お母さんはわたしを素通りしていった。

 を、素通りしていった。



 これも夢なの? ありえない。二重に夢を見るというのは、まだ現実的にあり得ないこともない。こういうときに確かめる方法は―— 

 頬をつねってみる。鋭い痛みに襲われる。水を頭からかぶってみる。寒くて身震いする。

「どうして……」


 これは紛れもない、現実だ。

 夢でも妄想でもなく、わたしは、赤の他人に、人生を乗っ取られた。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ、わあああああ!!」

 いつもなら、わたしが泣いているとすぐに駆け付けてきてくれるお母さんは、鼻歌交じりに追加の買い物に出て行った。



 泣いて泣いて泣いて、わたしは少し冷静になった。なんとかしてあの女から人生を取り戻さないといけない。そのために、わたしは調べた。


 そしてわかったことは、こうだ。

 ひとつ。わたしは人から見えない。あの女を除いて。でも、もしかしたら、あの女と関わりのある人には見えるかも。要検証。

 ふたつ。わたしの声は誰にも聞こえない。これも要検証。

 みっつ。誰もわたしに触れることはできない。だけど、わたしがものに触れることはできる。要検証。

 よっつ。わたしは存在がなかったことになっている。要、検証。

 

 わたしがあの女に無理やり人生を取り換えられたと仮定するなら、いまのわたしの状態は以前のあの女の状態だといえる。つまりは、あの女は幽霊。

 そんなことはあり得ない。非科学的にもほどがある。生まれてこの方心霊スポットに行ったことはないし、祖父母の墓参りも二か月以上前だ。憑かれるにしてもタイムラグがありすぎる。ましてや、この家が場所だということも聞いたことがない。


 じゃあなに、あの女は常日頃から光学迷彩をまとって生活していた変態だとでもいうの?


 ここで考えていても埒が明かない。あの女に直接訊くしかない。わたしは、再び学校に向かった。

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