第6話
毎日一人でテレビを見てはお酒を飲み、不安感を紛らわせていた。外に出て人の目に晒されることが億劫になり、病院にも通わなくなってしまった。
死にたい、死にたい、でも一人は怖い。もう独りぼっちは嫌だ。
そんな時、住んでいるマンション街の小さな誰も来ないようなさびれた公園に、女の人が来るようになった。毎日お昼時なのに、持っているお弁当も食べずにただ一人でベンチに座り、うずくまったり泣いたりしていた。その子が私と同じ鬱だろうということはすぐに察しがついた。
毎日来るものだからその子を観察するのが最近の楽しみになっていた。そんなあるとき、その子がうずくまるとき、決まって右手になにかしていることに気が付いた。何をしているかなんて想像にたやすい。リストカットだ。来る日も来る日も手首を切っては一時間きっかりにどこかへ足取り重く去っていった。
「あの子にしよう。」
私はいてもたってもいられなくなり、その子に近づくため、緊張したが美容室へ行くことを決意した。身なりを整え、働いていた会社で山ほどもらった図書カードで心理学の本を買いあさった。
幸いなことに私にはたくさん時間があった。勉強は好きだ。買った本を隅々まで頭に叩き込み、人の心の動かし方を学んだ。
いつでもあの子と対峙できるように救急セットも用意した。
*
マンションに囲まれた、日の当たりづらい公園。それなのに西日にはしっかりさらされるからあまり好きではない。そんな公園に、今日はいよいよ赴く。美容室に行った時とは比べ物にならないくらいの緊張で手が震えた。そんな緊張をお酒でごまかし、あの子が公園に来たことを確認して部屋を出た。
「……ッは」
「いつもより深くいっちゃった。」
あの子がリストカットをしている。信じられないくらい飛び跳ねる心臓を抑え、話しかけた。
「あちゃ~、痛そうだね、大丈夫?」
大丈夫、自然に声をかけることができた。あとは流れに任せるだけ。大丈夫。
「え?」
顔を上げるとてもきれいな女の人。こんな顔してたんだ。
「あ、大丈夫です、お見苦しいところをお見せしてしまいすみませんでした。」
やっぱり。
「何言ってんの!ほらもっとよく見せて!ちゃんと洗って!」
「え?」
あぁ、鏡を見ているみたいだ。
「あんたこれが初めてじゃないでしょ!ちょっと待ってて!すぐ戻ってくるから絶対ここにいてね!」
そういって飛び出した。
全部見てたよ、毎日手首を切ってたよね。つらかったね。でももう大丈夫だよ、私と一緒に。ね?
部屋に戻り、用意していた救急セットを雑にビニール袋に入れて、今買ってきました感を出し公園に戻る。
ちゃんと座って待ってくれているあの子に近づき、なるべく元気な声で話しかけた。
「さっきの傷口見せてみ?」
「あ……。」
迷ってるその子の気持ちなど考えず、傷口が開いている右腕を引き寄せた。
やっぱり古い傷から比較的新しい傷まであって、見るに堪えない腕をしていた。
「あの……?」
「今日は思ってたより深くいっちゃったって感じかな?見たらわかるよ〜、今までの傷も、今日の傷も。手に取るようにね。」
「すごい……看護師さんか何かですか?」
「いいや?」
ずっと見てただけだよ。看護師なんかじゃない。毎日見てたからわかるだけだよ。
そんなこんなで応急処置が終わり、ちゃんとしたところで見てもらうように促した。返事が曖昧模糊だったがそんなのはどうでもいい。ここからが肝心なのだ。
「君名前なんて言うの?何かの縁だし連絡先交換しようよ。」
「飯田……です。」
「下の名前は?」
そういいながらスマホのQRコードを差し出した。これで半ば強制的に連絡先を交換できる。下の名前を呼んであげることで私の信頼を得ようと。
「絢香……」
「ふーん、絢香ちゃんね。これからよろしくね!絢香。」
絢香……そっか絢香っていうんだ。ちゃんと覚えた。絶対に間違っちゃいけない。何度もちゃんと呼んであげなきゃいけない。
「おねぇさんの名前は……。」
絢香のスマホ画面を指さした。
「柳瀬……さん?」
「そ!柳瀬でいいよ〜あとため口ではなすこと!今日から友達ね!」
呼び方を指定することで下の名前まで教えないで済む。私の本名なんて私たちのこれからの関係に必要ないから。距離だけ縮めてしまえばこっちのもん。あとは押して押して押しまくってたまに引くだけ。
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