第2話

 元気なお姉さんは、十分ほどしてビニール袋に何か荷物を携えて公園に帰ってきた。

「さっきの傷口見せてみ?」

「あ……。」

 こちらから行動する前に右腕をぐっと引っ張って傷の様子を見始めた。

「あの……?」

「今日は思ってたより深くいっちゃったって感じかな?見たらわかるよ〜、今までの傷も、今日の傷も。手に取るようにね。」

「すごい……看護師さんか何かですか?」

「いいや?」

 そんな会話をしながら、持ってきたビニール袋から救急用具を取り出した。手際よく右手に包帯が巻かれていく。あまりにも手際がいいのでそれ以降話すことはなく、包帯を巻かれる右手をじっと見つめていた。

「これはあくまで応急処置だからね?ちゃんとしたところで見てもらうんだよ?いいね?」

「あ……。」

「返事は?」

 久しぶりの人のやさしさと健全な人の勢いに気圧されて曖昧な返事を返してしまった。

「君名前なんて言うの?何かの縁だし連絡先交換しようよ。」

飯田いいだ……です。」

「下の名前は?」

 そういいながらスマホのQRコードを差し出してきたので読み取りながら答えた。

絢香あやか……」

「ふーん、絢香ちゃんね。これからよろしくね!絢香。」

「おねぇさんの名前は……。」

 連絡先を交換したスマホを指さされ、そこに目を落とすと〝 柳瀬やなせ〟 と表記されていた。

「柳瀬……さん?」

「そ!柳瀬でいいよ〜あとため口で話すこと!今日から友達ね!」

「あ……うん……。」

 友達、というしばらく聞きなじみのなかった言葉に嬉しくなり、微笑みながら頷いた。

 これが私と柳瀬との出会い。

 それからの柳瀬はすごかった。毎日のように電話をかけてきてくれていろんな話を聞いてくれた。私の職場で悩んでること、やめたいけどいろんな理由で辞められずにいること、柳瀬になら何でも相談できたし、何か変わるわけでもないのに嫌なことすべてが解決したように感じられた。柳瀬のおすすめのカフェやおしゃれな服のブランドなんかも教えてくれて。本当にうれしかったし、本当に楽しかった。

 毎日電話して、休みの日にはいろんなところに遊びに行って、今までにないくらい楽しくて。ずっとこんな日々が続けばいいのにって思って。不思議な縁だけど、私は柳瀬の特別なんだって思えた。

 しばらくして柳瀬とは半同棲のような生活が始まった。ある日急に私の家に酔っぱらった柳瀬が転がり込んできて、一晩だけのつもりで家に泊めたら次の日からいくつかの着替えをもって私の許可もとらずに当たり前のように住み始めた。

 夜寝られないときは柳瀬が「映画見る?」て言ってくれて、一緒にココアを飲みながら配信サイトで映画を見漁りソファで二人して寝落ちした。真夜中にコンビニへ買い物に行ったり、早朝に散歩に出かけたりして本当に楽しかった。職場のストレスが消えたわけではないが、柳瀬のおかげで私は夜しっかり眠れるようにもなった。もちろん夜柳瀬が自分の家に帰っていて私の家にはいないときもあったが、一人でも明日が怖くなくなった。朝、私より早く起きる柳瀬は私のためにいつも朝ご飯を作ってくれた。どれもおいしくて、憂鬱な朝が楽しみになるほどだった。

「行ってきます!」

「ん、気を付けて行ってくるんだよ。」

 そういって朝早くにいつも私を送り出してくれた。通勤途中の動悸やめまい、吐き気や過去吸なんてものは気づいたらなくなっていた。相変わらず職場の人間関係はゴミだけど、帰ると柳瀬が待ってくれていると思うと何も怖くなくなった。

 たまに連絡が途絶えて嫌われたのかな?ってすごく不安になるときもあるけど、それでも柳瀬が大好きで大切で。柳瀬も私と同じくらい私のこと好きでいてくれたらな、なんて思ってみたり。

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