時間切れのシンデレラ
朝乃倉ジュウ
第1話 ただのお誘い
小さい頃から臆病な性格だった。
だから何かに挑戦したりするなんてことできなくて、友達や周りに流される毎日。
平穏な日常というレールから外れるのが怖かった。
先のことを考えると不安しかない。
歳を重ねる度に厚くなる心の殻。
変化を恐れてなにもしない弱虫な私に、バイト先の社員である永山さんは不思議そうに首を傾げた。
「田奈さんて、将来はこうしたいってイメージあるんですか?」
「あったらフリーターを四年もやってませんよ」
「いやフリーターでも夢があるからって人もいるし。なんかそういう系かと思ったんですけど」
店のバックヤードで在庫整理をしながら、他愛ないシフト調整の話をしていたのに、どこからか話題が横道にそれてしまった。
永山さんも私も手を止めずに、お互い背中を向けて作業をしながら、永山さんは横道を突っ走った。
「田奈さんて彼氏とかいましたっけ?」
これを店長が言っていたらセクハラだった。
永山さんは長身細身で、笑顔がお客様からも人気。つまり顔が良い。
でも恋愛などのうわついた話はなく、そういった湿度のある空気をまとわないし言葉に含みを持たせない人だ。
きっとこの質問も他意のない、純粋な疑問からだろう。
「いません。他の人にこれ聞いたらセクハラって言われますよ」
永山さんのために軽く注意する。
恋愛話が好きなパートの
「大丈夫です。田奈さんにしか言ってないですから」
「そういう問題でもないんですよ。自分のスペックをもう少し自覚してください」
「ただ背が高いだけですよ? 手だって昔バスケをしていたから大きいだけで、細かい作業は苦手です」
そう言いながら高い場所の作業を率先してやってくれるところも含めての話だと、喉まで出掛かって飲み込んだ。
永山さんに言うべき言葉はストレートでないとダメだ。
「自分に気があるのかと勘違いさせる言動に注意してほしいってことです」
「あー、そっちですか。興味はありますが恋愛の方ではないんですよ、すみません」
「勝手に私がフられた空気にしないでください。私以外だとそう勘違いさせるから気をつけてくださいって話です」
期待に応えられなくて申し訳ない、なんて言い方に舌打ちした。
しかし私の舌打ちなど聞こえていないのか、永山さんは明るい笑い声をバックヤードに響かせながら、制服のポケットを手でまさぐった。
「でも田奈さんにそういった人がいないならちょうど良かった。今度これに一緒に行ってくれませんか?」
そう言ってポケットから出した三つ折りのパンフレットを広げて見せた。
「都内のアフタヌーンティー……ですか?」
「季節限定のが食べたいんですけど、二名からだし。期限も田奈さんの次の休みの日が最終日なんですよ」
どうしても食べたいのに一緒に行く人がいない。そう言って私を必死に誘う永山さんが、困ってあたふたする可哀想な大型犬に見えてしまった。幻覚だ。
私の次の休みの日は、直前まで話していたシフト調整でズレてできた、本当は出勤だった日。つまり予定は何もない。
ため息をついた後、私は承諾した。
別に永山さんに好意があるわけではない。
ただ普段お世話になっている職場の人のお願いを聞くだけ。
「ありがとうございます! 予約入れときますね!」
無邪気に喜ぶ永山さんに尻尾が生えていたら、きっとちぎれんばかりにブンブンと左右に揺れていることだろう。勢いのいい風圧と音が聞こえてきそうだ。
私としてはシフトの休みを代わってあげる感覚なのに、永山さんの笑顔を見ていると温度差で風邪をひきそうだわ。
時間切れのシンデレラ 朝乃倉ジュウ @mmmonbu
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