第二十二話 王女と公女
冬の足音が聞こえる10月の末。
アイリスは門の前で従者と共に立っていた。遠く、四頭立ての馬車が道を走ってくるのが見える。門の前で停止した馬車から貴人が降りてきて、アイリスは深く頭を下げる。
「――ようこそお越しくださいました、国王陛下、王女殿下」
「出迎えありがとう、公女」
「滞在中、よろしくね」
国王として即位した兄は相変わらずの美貌に笑みを浮かべ、王女は視線を合わせて言った。その瞳に、もう怯えの色は浮かばない。アルビノの肖像画を部屋に飾り、耐性をつけているようだと商人の噂で聞いたが、ほんとうかもしれない。
建国祭が終わり、兄と王女はグランヴィル領を訪れていた。筆頭公爵家の領地であり、
応接間では公爵夫妻と暫しの談笑した後、客間に移動する。兄が案内するとのことだったのでアイリスは自室に下がろうとしたのだが、王女に呼び止められた。
「公女。少し、お時間宜しいかしら」
「勿論でございます」
「私はお邪魔のようだね。部屋にいるから、お好きな時に呼んでくれて構わない」
兄が言うと、はい、と言って王女は微笑む。アイリスは王女に従って客間に移動した。お茶を供され、一息。王女は真剣な面持ちで言った。
「――公女。あなたを呼んだのは他でもなく、聞きたいことがあるからなのです」
「わたくしに答えられることでしたら、何なりと」
「セオドリック様は、何がお好きなのかしら」
人選をお間違えです。
いつか頭に過った言葉が、一字一句違わず駆け抜けていく。
「......王女殿下の方が、ご存知かと思いますが」
「陛下は、わたくしが何を差し上げても喜ばれるの。どれが一番お好みなのか、分からないわ。お美しい方だから、身に着けるものは何でもお似合いだし」
惚気だろうか。
「参考までに、今まで何を贈られたかお聞きしても?」
「わたくしが刺繍したハンカチ、アミュレット、西で採れたワイン、翡翠、かしら」
バルシュミーデと我が国は馬車でひと月と少し。早馬を飛ばしても途中国の経過で時間を要するだろうから、ひと月近く。1年で4度の贈り物はなかなかの頻度だ。
「――わたくしも、あまり陛下のことを存じてはいないのですが。銀色がお好きだと仰っていました」
「銀色?」
「はい。磨き上げた
あれ以来、好きな物の話をする
「とても素晴らしい剣術の腕前だとお聞きしました。剣がお好きなのかしら」
「そうかもしれません」
「なるほど。感謝します、公女」
「もったいないお言葉でございます」
けれど——なぜ、アイリスに問うたのだろう。公爵夫妻に聞こうとは、思わなかったのだろうか。王女はやや俯きがちに言った。
「デューアでは、家族もあまり仲良くしないものなのかしら」
「え?」
「公爵御夫妻と、陛下とあなたの間に、距離を感じたものだから」
「――………….」
この短時間で、王女はどんな雰囲気を感じたのだろう。
「......人によりましょう。陛下は幼い時から暫定王嗣でありましたし、わたくしも初の女公になる可能性を考え、厳しく育てられました。それだけのことだと、思います」
「そう、ね」
「王女殿下は、ご家族と仲が宜しいとお聞きしました」
「ええ、そうなの」
王女は頬を緩ませた。
「お父様とお母様は、いつまでもおしどり夫婦なのよ。お兄様もお姉様も弟妹も、皆素晴らしい才能を持っているの」
「ご兄妹の武勇伝は、デューアにも伝わってきております」
「あら! お兄様たちに教えて差し上げましょう。喜ぶわ」
目を細め笑う王女は幸せそうだ。或いはこれが、正しい家族の形なのかもしれない。アイリスと兄が終ぞ知れなかった、家族というものの。
兄は、どう思っているのだろう。家族を得ることを。いつか、父になることを。
——そんなどうでもいいことが、頭をよぎった。
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