静かな怒り

【前回までのあらすじ】

放課後の図書室。決まった時間に現れる、私より一学年上の三人組。

その一人、アンナさんが返した本に挟まれていたノートには、最初「意外とマジメ。だけど、ちょっとかわいい」と書かれていた。

やりとりが続く中で、私は勇気を出して「私のこと、また書いてくれたらうれしい!」と走り書きを残した。

アンナさんに名前を呼ばれて「ツムギちゃん」と囁かれた日もあった。

さらに私は「アンナさんも、かわいいです」と書き込んでしまい、アンナさんからは「“も”ってどういう意味?」と突っ込まれた。

そして昨日。わざわざ一人でやってきたアンナさんは、ノートにこう書き残していったのだった。


「かわいい、だけ?」


――――――


私は自分の部屋で、机に突っ伏したまま、アンナさんのノートを抱きしめていた。

そのノートに、昨日アンナさんから渡された一行が、何度も頭の中で繰り返す。


――かわいい、だけ?

――かわいい、だけ……?


ページを開けば、丸文字で書かれたその言葉が目に飛び込んでくる。

読むたびに胸がぎゅっと締めつけられる。


アンナさんは、きっと「好き」を欲しがっている。

それは分かってる。分かってるけど……。


震える手で、ノートに一行書き足す。

ページにペン先を当て――何度も何度も迷って、やっと一行。


『それをまだ書く勇気が、ないです』


私は改めて、その文字を見つめる。


本当は――違うことを書きたかった。

私がずっと心の中で叫んでいる、たった二文字。


『好き』


でも、その一言をノートに残す勇気が、どうしても出なかった。


だから私は逃げるみたいに、あえて弱い言葉を選んだ。

書き終えた瞬間、胸がチクリと痛んだ。

伝えたい気持ちを閉じ込めたままにしてしまった自分に、少し悔しくて。


閉じたノートを鞄にしまい込み、深呼吸をひとつ。

――明日、返さなきゃ。



そして次の日、放課後の図書室。

いつもの三人組が来るよりも、まだ少し早い時間。


私は返却本を整理しながら、胸の奥で考える。

――『好き』の一言が、書けなかったこと。


私はそのことを考えすぎて、カウンターに顔を突っ伏してしまう。


アンナさんは、きっと「好き」を欲しがっている。

それは分かってる。分かってるけど……。


「……まだ、言えないよー」


そう思わず小さくつぶやいてしまった瞬間、人の気配を感じて、慌てて顔を上げる。

すると、いつの間にか、アンナさんがカウンターの前に立っていた。

三人で、ではなく、また一人で。今日は、何も手に持っていない。


「図書委員さん」


耳に届いたアンナさんの声は、あまりにも穏やかだった。

アンナさんは、にこりと笑ってはいる。

……けれど、その笑みの奥に、なにか鋭いものが潜んでいる。


「私のノート、知りませんか?」


私は背筋がぞっとして、返事もできずにただ頷いた。

震える手で、カウンターの下からノートを取り出して、アンナさんに差し出す。


アンナさんはその場でノートをぱらぱらとめくり、私が書いたところを確認する。

そして、じっと、私の方を見つめた。


「確かに、これ、私のですね」

それだけ言って、アンナさんは、くるっと回って、図書室の出口の方へ歩き出す。

私はただ、その背中を見送ることしかできなかった。



え? えぇ!? 今のアンナさんの事務的な対応、なに?

読んだよね、アンナさん? 私が書いた文章……。

アンナさん、もしかして、すごく、すっごーく、怒ってる?

どうしたらいいの、私……。

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