【前回までのあらすじ】

放課後の図書室。決まった時間に現れる、私より一学年上の三人組。

その一人、アンナさんが返した本に挟まれていたノートには、私のことが「意外とマジメ。だけど、ちょっとかわいい」と書かれていた。

それからやりとりが続き、私は「私のこと、また書いてくれたらうれしい！」と勇気を出して走り書きを残した。

さらに、アンナさんから「ツムギちゃん」と名前を呼ばれて、心臓が爆発しそうになった。

そして昨日、私はついに「アンナさんも、かわいいです。」と正面から書いてしまった。

それに対してアンナさんは「“も”って、どういう意味？」と問い返し――私は震える手で、「アンナさんのことをかわいいって思ったから」と答えてしまったのだった。

――――――

今日の放課後の図書室は、少し違う空気がしていた。

――いつもの三人組が、いつもの時間になっても、来ない。

そのせいで、私はいつもより落ち着けなかった。

――今日は、どうしたのかな？

そんなことを思いながら、私はカウンターで、返却された本の整理をしていた。

「図書委員さん」

不意に背後から声をかけられ、私は「ひゃ、ひゃい！」と変な声を出してしまった。

声をかけてきたのは――アンナさん。

胸に一冊の本を抱え、カウンターの前に立っていた。

三人じゃなく、一人で。って、いつの間にここへ？

「お願いします」

アンナさんのにこにことした笑みは、いつも通り――だけど、目の奥がどこか鋭い。

いつもの「お願いね？」じゃないし。他人行儀な、形式ばった響き。

アンナさんは胸に抱いていた本を差し出す。

その上には、小さなノートが重ねられていた。――いつもの、私たちのノート。

一瞬で息が詰まった。

……いつもは本で、隠すのに。

今日は堂々と、むしろ「すぐに読んで」って言わんばかりに。

そんなことを考えて私が戸惑っている間に、アンナさんはくるりと背を向けていた。

「マナ」さんも「クミ」さんもいない廊下へと、そのまま出て行ってしまう。

ぽつんと残された私は、呆然（ぼうぜん）と立ち尽くした。

――待って。置いてかないで。

でも、呼び止められなかった。

カウンターの下にそっとノートを隠して、震える手でページを開く。

そこには、たった一行。

「かわいい、だけ？」

……え。

喉の奥で小さな悲鳴が漏れる。

たった六文字なのに、心臓を直接つかまれたみたいに苦しい。

「かわいいです」って言ったことを――そのまま問い返されてる。

“だけ”って……それ以上、言わなきゃいけないの？

どうしたらいいの？

「う、うぅぅ……」

声が漏れて、慌てて手で口を覆った。

頬は燃えるみたいに熱い。

どう返せばいい？

「かわいい以上」って、どういう言葉を……？

机に突っ伏して、ノートを抱きしめる。

そこに書かれた六文字が、頭の中で何度も何度もこだまして離れない。

――かわいい、だけ？

あぁ、アンナさん。

あなたはどうして、こんな風に追い込んでくるの。

でも。

でも、うれしい。

こんな風に、私の言葉を受け止めて、さらに返してくるなんて。

図書室の夕陽は静かに傾いていく。

私は一人、胸を押さえて、息を整えようと必死になった。

次は――何を書けばいい？

何を言えば、アンナさんに届く？

その答えを探しながら、私はまた小さく笑ってしまった。

――だって。

アンナさんに届けたい「かわいい」以上の言葉なんて、もう一つしかないよね？