第七話 装飾
「失礼します」
部屋のドアを控え目にノックすると、室内から「どうぞ」という声が聞こえた。
おずおずと、スイミは部屋の中へと足を踏み入れる。
「あら、そのスカーフどうしたの?中々似合っているじゃない。メグリ博士からのプレゼント?」
整然とした部屋の中央に、飴色をしたデスクがあって、そこに眼鏡をかけた女性が腰かけていた。彼女の名はアケイシ。所員からはアケイシ博士と呼ばれている。所内では年長の方で、私の仕えている博士についても、幼少の頃から家族ぐるみの仲であったとのことだ。
ディスプレイから顔を上げて、ちらりとスイミの方を窺う。最初に服装についての指摘をくれるところが、いかにも彼女らしいと思った。
「ご冗談を。博士にはそのような趣味はありません」
「ええ、まったくその通り。あの子にはそういった気遣いというものがまるで足りていない。研究者としては一目を置く存在だけれど、それにばかり現を抜かしているというのもまた、困り者よね」
軽そうな銀縁フレームの眼鏡越しに、同意を求める視線を送られて、スイミは精一杯でき得る限りの賛同する意志を示す笑顔を浮かべて見せた。
「それで?今日はどうしてここに来たの?まさか、私に会いに来たというんじゃあるまいしね」
「いえ、当たらずも遠からずと言いますか……。実はつい今朝方のことになるのですが」
そうして、スイミはアケイシ博士にことの次第をかいつまんで伝えた。ついさっき廊下で出くわしたセトには話さないで、彼女に話すことにしたのは自己判断ではあったものの、後から承諾を得るのでも、心の広い我が主ならば許してくれるだろうと、そう楽観してのことだった。
でもなにより、博士と自分以外の、この事象に対する第三者の視点が欲しかったということが一番にある。この事件?において、彼女は被害者であるし、博士は第一発見者なのだ。二人ともが当事者である以上、客観的な意見を他者に求めるのは必要不可欠なことのように思う。
「なぁにそれ?二人でおかしな夢でも見ていたんじゃない?」
スイミが話を終えると、開口一番にアケイシ博士はそう言った。
「そう思われても仕方ないと思います。ですが、ここにこうして、物的証拠もあるのです」
そう言って、スイミは首に巻いていたスカーフを取ってみせた。赤紫に染まった皮膚のロープの痕は、未だにその色を濃くしたまま残り続けている。露わになったそれを見て、博士は一瞬の間だけ、はっと目を見開いてみせた。ただ、そこにはどうしても、大袈裟過ぎるところというか、隠しきれない胡散臭さがあったものの。
「ふぅむ。事は思ったより重大なのね」
「ええ」
「警察には?通報はしたのでしょう?」
「え?」
「まさか、していないわけ?メグリ博士は何も言わなかったの?」
「ええ、まぁ」
ついさっきまでは前のめりになって、スイミの首元を凝視していた彼女だったのに、スイミの返事を聞いた途端に、興味は失せてしまったらしく、アケイシ博士は溜息交じりに腰かけていたソファに深く腰を落ち着けた。
「そうなってしまうと、一番に疑ってかかるべきはメグリ博士なんじゃない?」
「え?どういうことですか?」
「博士と一番近い関係にあるあなたにとって、一番最初に犯人候補から除外されてしまうのがメグリ博士なのかもしれないけれどね。逆に考えれば、博士が一番の最有力候補なんじゃないかってことよ。あなたの脳内の記録を抜き取ることも、開発者である博士ならば朝飯前のことだし。……まぁ、ちょっとしたドッキリくらいのつもりだったんじゃないの?」
「……なるほど。確かに、その可能性だってありますよね」
腕を組み、薄い笑みさえ浮かべてみせるアケイシ博士に対して、スイミは少し考え込むような仕草を取って見せた。
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