第八話 実利か嫉妬心
「まぁでも、それを考えないあなたでもないものね」
そう言って、見透かすような視線をスイミの方に送ると、アケイシ博士はテーブルの上に載せていたカップに口をつけた。
「いえ、とても参考になりました。……押しかけておいてなんですけれど、ちょうど時間も昨日と同じ頃なので、そろそろ……」
「ええ、そうね。楽しかったわ。またいつでもいらっしゃい」
スイミが席を立つと、アケイシ博士もドアのところまで見送りに来てくれた。アンドロイドの、そしてただの一晩の間の死亡事件であったとは言え、それの犯人捜しの議論を面白いと言ってしまえる人なのに、わざわざ研究に使える時間を割いて見送りをしてくれるところが、いかにもアケイシ博士という女性の複雑さを象徴しているように思って、スイミにはそれがおかしかった。
「ありがとうございました。失礼します」
彼女の部屋を出て、とぼとぼと廊下を歩く。次の予定までには、まだ少し時間の余裕があった。
アケイシ博士の指摘の通り、スイミの演算システムによって、最初にはじき出された可能性こそ、あの首吊りはメグリ博士によるものだという結論だった。
その発想をしたのが他でもない自分自身であるにも関わらず、スイミはその可能性を即座に否定したのである。それはやはり備え付けの理性と、育まれてきた彼女の自意識とが、まるで独立して存在していることを示しているのだろうと、そう思う。
彼女の次の予定、もとい昨日の動向は、ついさっきメグリと会話した通りのこと、つまり、今はもうこの研究所を去ったシュンギク博士の送別会の準備にあたることだった。
シュンギク博士は、中々陽の目を浴びる機会の少ないこの世界終末論という分野において、珍しいことにその成果を認められ、晴れてこの山奥の研究所勤めから抜け出してみせた、中々にできる男だった。
ただそういう経緯もあって、送別会とは言ってもそれは名ばかりの、実質的にはこの辺鄙な研究所から一抜けをした彼に対して、みんなが面と向かって憂さ晴らしをする最後の機会とも言えるものだった。
そんな彼に対し、メグリは「ようは世間様にとって分かりやすい、とっつきやすい研究をしていただけの、つまらない男」とそう評していた。そのコメントに対して、スイミの演算システムが九十八パーセントの確率で的確な言葉としてヒットしたのが、『負け惜しみ』だった。それには自身の演算システムとあまり意見の一致を見ることの少ないさすがのスイミの自意識の方も、賛同をせざるを得なかった。
エレベーターでフロアを一つ降りて、所内では比較的広い方の会議室を目指す。
ノックはなしにドアを開けると、昨日のささやかな騒ぎの痕跡がまだちらほらと残っているのを発見した。そしてそれの片づけに追われている二人が、部屋にはいた。
「ああ、誰かと思えば、スイミさんか」
言って片手を挙げたのは、誰あろうシュンギク博士だった。
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博士とわたしの凍り漬けの日々 @kobemi
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