第2幕 ジュリアスの変

18話 妹を撫でる

 セルバの死から1週間がたち、新しい執事が俺の部屋へと派遣された。


 ゴルゴンゾーラ。


 金の巻き髪をした、ユスタキウスに従順な王党派の宦官。


 まだ若いその男は、俺を監視することを隠そうともせずに、こちらの様子をじっと見ている。


 ゴルゴンゾーラが注いだコーヒーの香りが、彼とは対照的であったセルバの顔を思い出させる。


 深い寂しさと、悲しみ。


 そんなどうしようもない思いを抱えながらも、俺は今、幸せの絶頂にあった。


 なぜかって?


 そんなこと言わなくても、分かるはずだ。


 リリアーナが、今、俺の部屋にいるのだ。



「お兄様、セルバお爺様の件、大丈夫でしたか?」


 まだ幼さの残るあどけない表情で、彼女が言う。その上目遣いに、胸がときめく。


「あぁ、悲しかったが、ようやく立ち直ってきたよ」

「そうですか。お兄様が元気になってくれたようで、私、嬉しいです!!」


 リリアーナは、太陽のような笑みを浮かべて、俺の方を見た。


 可愛い。


 可憐かれんな花のような美しさ。ひらひらと舞うスカートに、兄心がくすぐられた。


 そのいじらしい顔を軽くなぞり、うっとりと眺めながら、そして、……。



「そろそろ捕まるぞ、変態王子」

「おい、エリアス。お前は毎回、良いところで邪魔するよな」


 俺が腹立たしげに言うと、エリアスはフッと笑った。エリアスは、カインと共に、俺の自室に入って来る。


「なにはともあれ、元気になって、良かったよ。セルバさんが死んだ時のお前、見てられなかったもんな」

「うるさい」


 俺は、エリアスにそっぽを向く。その姿を見て、リリアーナがくすくすと笑う。


 セルバが殺された後、珍しく感情的になった俺は、怒りにまかせて、泣き暴れたようだった。結局、近衛兵ら数名に取り押さえられたものの、国王から、3日間の謹慎を命じられたのだ。


 その後のことだが、憲兵隊は、セルバに全ての責を押し付けることで、捜査を切り上げた。そのため、セルバは親族が葬式を開くことさえ許されず、遺体は憲兵隊の手によって処理された。


 いくら憲兵隊が中立組織であるとはいえ、表立って王党派と対立することはできない。今回の憲兵隊の捜査が杜撰ずさんだったのも、王党派の犯行が証拠を残さないものであることを経験から知っているからだろつ。


「リリアーナ様、リアム殿下をお借りしてもよろしいですか?」

「はい、エリアス様も励ましてあげてくださいね!!」


 そう言うと、ふわりとリリアーナは立ち上がると、頭をぺこりと下げた。行ってほしくない、と手を伸ばす俺に、リリアーナにこりと笑いかけて、この部屋から立ち去った。


 不機嫌そうな声で、俺はエリアスに言う。


「で、エリアス、何のようだ?」

「セルバの死から分かっただろう。大切なものを守りたいのなら、今のままじゃダメだ」

「何が言いたい?」


 エリアスが、眼鏡を上げる。その視線の先には、リリアーナの後ろ姿が映っていた。


「王党派を潰すぞ、リアム。セルバさんに対する仇討ちの意味もあるが、このまま何もしなければ、お前の周りにも危害が及ぶ」

「エリアス、残念だが、この件に関しては同感だ」


 カインも静かにうなずき、そして、この部屋にたたずむ宦官に剣を突きつけた。


「そういうことだ。これはお前らに対する宣戦布告。きっちり、貴様の主君に伝えておけ」


 ゴルゴンゾーラは、顔を少し曇らせ、渋々、この場を後にした。俺は彼の背を見送り、話し始める。


「セルバのおかげで、気づけたことがある。宦官は、独自の情報網を持っている」

「あぁ、同感だ。いくらなんでも、情報の伝達が速すぎる」


 俺たちが【真理の灯台】から受け取った紙片。この紙片の魔法を解き、邸宅に到着するまでにかかった時間は、わずか10分だ。


 この短時間に、セルバは、憲兵隊への通報を行ったのか?


 たしかに、通報だけであれば、10分以内に行うことも可能であろう。


 しかし、憲兵隊は中立組織。


 確固たる証拠が掴めない限りは、逮捕といった積極的な行動には踏み込まないことで有名だ。そんな憲兵隊が、こんな短時間で、コルソン率いる精鋭部隊の派兵を決定したのだ。なにかしら、彼らが動かざるを得ないような証拠を、提示したと考えるのが自然だろう。


 つまり、魔話などの通信器具による通報ではない。憲兵隊の本部である憲兵局に直接行き、派兵を要請したことになる。


 憲兵局は、馬車を用いたとしても、王宮から片道20分はかかる。

 

(短時間で、たった一人の人間が、これだけのことを行う。物理的に不可能だ……)


「情報を統括する存在がいると考えるのが、一番自然だな」

「あぁエリアスも思ったか?」


 俺が、エリアスの言葉に相槌を打つ。そんな俺を見すえて、神妙な面持ちをしたカインは、俺に耳打ちをした。


「なるほど。なら、カイン。お前には、その役目をまかせるとしよう。エリアス、お前にも任せたいことがある」

「分かってる。俺も何もしていないわけじゃない」


(どうやら、俺が言うまでもなかったか……)


 俺は、にやりとした笑みをうかべながら、大きくつぶやいた。


「反撃開始だ」

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