17話 裏切り③
「セルバ、裏切った代償を払ってもらおう」
「何のことでございましょうか?」
セルバは、まるで何も知らないかのような顔で、俺に言う。コーヒーを注ぐ手を止めて、俺の方をまっすぐ見つめた。
「とぼけなくていい。俺が革命勢力と接近する情報。これを、王党派に横流ししたのは、セルバ、お前なんだろう?」
「なぜ、私だと? エリアス様やカイン様、その両名にもできたはずですが……」
取り乱すことなく、セルバは冷静に返答する。その返答に対して、俺は鋭く返す。
「今日の交渉の場に、憲兵隊が押しかけて来た」
「憲兵隊? そんな物騒なものがどうして……」
「交渉の日時や場所に当たる情報は、【真理の灯台】が俺だけに秘密裏に渡したものだ。だから、この部屋でしか、情報のやり取りは行っていない。つまり、俺が個人的に情報を与えたエリアスやカイン、そして、この部屋で、そのやりとりを一部始終聞いていたセルバ。怪しいのは、この3名だけだ」
セルバはとぼけるように、首をかしげた。俺はその動きを、静かに睨む。
「だが、エリアスやカインは、憲兵に逮捕されるリスクがあった。今回の件で逮捕されれば、軽くても無期懲役、重かったら死刑だ。もし王党派の内通者であれば、そんなリスクを犯してまで、俺に付いてくる必要はない」
セルバは、沈黙している。俺はさらに、畳みかける。
「それに、セルバ。お前は、俺の元教育係、つまり、宦官だ。お前以外にこの情報を漏らすやつはいないんだよ」
俺の言葉を聞くと、セルバは諦念したかのような表情をして、軽い微笑を浮かべた。
「なるほど。憲兵隊があなたを捕まえられなかった時点で、私の負けでしたね」
彼が、俺の目をまっすぐに見つめる。
「どこから、気づいておられたのですか」
「最初からだよ。俺は、逆にセルバ、お前が裏切ることを信用してたんだ」
「……、なぜ、ですか?」
二人きりの、夕闇の部屋。
セルバは、まるで自分の子供に話しかけるような、慈愛に満ちた顔をしていた。俺は、言葉を続ける。
「お前は俺の執事である前に、宦官なんだ。俺が与えたどんな任務に対しても、誠実に答えようとするように、自分の組織である宦官の長ユスタキウスから受けた命令だとしたら、どんな命令でも組織の歯車としてこなそうとするはずだ そうだろう?」
「坊ちゃんは、私のことがよく分かっていらっしゃるのですね」
「お前に育てられたんだ。子供は、親が思う以上にに、親のことをよく見ている。そういうものだろ?」
セルバは優しげに、俺の頭を撫でた。その目には、薄く涙が浮かんでいた。
「坊ちゃんに、親と呼んでいただけで、私は幸せでございます」
「お前は、俺を裏切った。けれど、セルバ、あなたには、生きてほしい。王族を失脚に追い込むために、嘘の通報をしたことがバレれば、お前は処刑されてしまう。直に、魔波を辿って、憲兵隊がこの場所まで辿り着く。その前に、逃げろ。場所はこちらが」
俺の言葉を遮るように、皺だらけの顔をくしゃりと歪ませ、セルバが優しく言う。
「坊ちゃん、もう良いのです。私は、私はもう十分、生きましたから」
ゆっくりとセルバは俺のところまで来て、ギュッと抱きしめる。
「坊ちゃん。ユスタキウス様のことを、あまり恨まないであげてくださいね。あの人も昔は、あなたのように、優しく聡明で、勇敢な人でした。彼も、可哀想な人なのです。坊ちゃん、私の最後のお願いですよ」
そう言うと、セルバは俺の頭にポンと触れると、俺の部屋から立ち去った。その後ろ姿には、どこか、覚悟が決まっているようだった。
セルバがユスタキウスに毒を盛られて殺されたのは、それから2日後のことであった。
◇◆◇◆
「たく、あのジジイ、しくじりやがったよ」
宦官の暗部を担う、役職や名前すらも
その一人である執事長・ジュリアスは、この状況にぼやいていた。
執事長、それは宦官の諜報部門の別称である。各王子や王宮の重要人物の側にいる宦官から得られた情報を収集し、宦官長ユスタキウスに報告しているのだ。
「誰のせいにしても構わないが、その職にあの男を任命したのは、お前だ。次、しくじることになれば、お前を消す。それを忘れるな」
書記長・アルバート。宦官の人事を司る役職を与えられた人物で、【影の四公】の中でも、最も恐ろしい男だろう。彼にひとたび目をつけられしまえば、家族はおろか、友人や恋人、ちょっとした知り合いにいたるまで、全てを粛清する。
「アルバート卿は怖いねぇ」
ジュリアスは、わざとらしく身震いしてみせる。そして、普段の親しみやすい顔からは想像できないほどに醜悪な笑みを、アルバートに向けた。
「でもまあ、ここまでやられたんだ。次は絶対に、リアム、貴様を殺してやる」
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