後学のために!

優夢

告白のために呼び出された俺。


「ごめんなさい、君とお付き合いはできません」



 俺は、頭を下げて彼女に誠心誠意、謝った。

 申し訳ないとは思うが、応えられないならはっきり言ったほうがいい。

 呼び出された時から内容はなんとなくわかっていたので、言葉そのものはスムーズに出てきた。



 告白場所に選ばれたのは、人がほとんどいない、どこかノスタルジックな喫茶店だった。

 彼女が奢ると先に宣言されたアイスコーヒーの氷が、からんと小さく音を立てた。



「はい、ありがとうございます」



 向かいの席に座る眼鏡の彼女は、真顔でそう答えた。

 おかっぱの髪が、彼女のうなずきでやわらかに揺れた。彼女はふたつ下、高校一年生。俺にとってはこれが初対面だ。

 橋都はしみやれもん、と名乗られた。ちょっと斬新で個性的な名前だと思っていたけれど。



「……ええと、断ったことは伝わったよね?」


「もちろんです。はっきりお断りされました。

 高校生になったので、先輩に告白という、高校生ならではのイベントをしたく思いまして。

 陸上部のエースで文武両道、顔も性格もよくてしょっちゅう告られていそうな先輩なら、問題なく断ってくれると思っていました」


「それは、つまり、……経験値稼ぎ的な……?」


「とんでもないです。OKがもらえればきゃっほー、もらえなくても当然という打算あっての告白です。

 して、質問があります。よろしいでしょうか?」



 個性的なのは名前だけでなく、口調や思考もそうらしい。

 俺は全身でため息をついてから、半ば投げやりに「いいよ」と返した。



 確かに俺は、月に一度は女子に告白される。

 高校生活ずっと、呼び出されるたびに気持ちが重くなったものだ。

 中庭、校舎のどこからも見える場所に呼び出された時は、公開処刑かと思った。

 断ると相手が泣くこともあるし、一方的に悪者にされることもある。

 断る側も無傷じゃないのだ。



 しれっとした反応は嬉しくもあるが、質問かぁ……。



 理由を聞かれることは、正直よくある。

 なぜって、俺には彼女がいないから。

 これといって理由がないのに断ると、相手は納得いかないらしい。

 一年生の時は「部活に集中したいから」。二年生の時は「部長になったから部活メインでやりたい」。

 三年生になって部活を引退してからは、「受験勉強に専念したいから」がもっぱらの理由になった。



「断られた理由を聞いても?」



 やっぱりきた。

 用意した文言を口にしようとすると、彼女は眼鏡を両手で直し、まっすぐに俺を見つめてきた。



「容姿ですか? 真面目眼鏡っぽいこの容姿ですか?

 確かに美人ではなく、可愛い系でもない、彼女にするには微妙なルックスではありますね。

 体系ですか? スタイルはスレンダー気味で胸がないですので、巨乳が趣味であれば私は範疇外でしょう。

 身長ですか? 男女差としては、キスをするのに私がちょっと低すぎますよね。

 ヒールで足せると言っても、私はヒール履きませんし。

 学力? 性格? 同じ学校という風評? 実は女性に興味がない? 

 私、そちら方面には理解がありますから遠慮なく」


「ちょ、ちょっと待って!」



 放っておくと、まだまだ語りそうな彼女を慌てて制止する。

 いやいやいや。君と会ったのはここが初めてだし。

 そんな、相手を値踏みするような理由……、人によってはあるんだろうけれど。



「そういうことではないから。

 そういう理由ではないから。

 俺は受験生だから、そもそも誰とも付き合う気がないんだ」


「その言い訳では、受験が終わったらOKということになってしまいます。

 合格発表と同時に先輩のもとに女生徒が殺到するのを回避するため、別の言い訳を用意したほうがいいかと」


「うぐっ」



 見透かされている。

 アイスティーのストローに口をつける彼女は、今しがたフラれたようには微塵も見えなかった。

 


「はっきり理由をお聞かせ願いませんか。

 理由が罵倒に値する内容でも、セクハラまがいでもがっつり受け止めさせていただきます。

 後学のために」


「……後学のために?」


「はい。次の告白の参考にしたいからです。

 実は私、これが人生初告白というやつでして。

 次回はもっとうまくやりたいので、今後、自己研鑽に励みたく思います。

 なぜ断られたか、理由がわからなければ改善できません」



 これは、かなり強烈な個性だ。

 見目は、彼女が自称するように、地味でどこにでもいそうな……悪く言えばモブっぽい雰囲気だというのに。

 


「実を言うとね。

 君でなくても、誰であっても断ってる。君のせいじゃないよ」


「やはり、女性に興味がないと?」


「恋愛対象は女性だからね!

 正直に言えば彼女が欲しいと思うし、そういうのいいなって思うこともあるよ!

 でも、中学で諦めたんだ。

 俺は、絶対うまくいかないから」


「おやまあ」



 彼女は片手を口元に当てて、まばたきを二回した。



「なにか事情がおありのようで。

 他言はしませんから、お伺いしても?

 後学のために」


「これ、後学になるの?」


「もちろんです。

 氷坂高校人気ナンバーワンと称される先輩に、彼女を作れない秘密がある。

 これは、他の殿方にも当てはまるかもしれません。

 知っておいて損はない貴重な情報であり、経験になるでしょう」



 本当に変わった子だ……。

 俺は再びため息をつき、アイスコーヒーをあおった。

 一気に流し込むと、こめかみが少し痛くなった。



「知ってる人は知ってるから、別に言ってもいいけどね。

 俺は、……中学の頃、こっぴどくフラれてて。

 それから、ちょっと」


「その原因はいったい?

 先輩のスペックは相当なものです。中学時代でもさほど劣りはしないでしょう。

 浮気でもしましたか? 二股三股四股」


「してない! 断じてしてない!

 中学で付き合ったのは二回だけ。

 二回とも相手に思い切りフラれて、それからもう、彼女とか嫌なんだよ」


「フラれる理由が全く思いつきません。

 浮気でないなら、モラハラ? DV? ムッツリスケベ?

 うーん、先輩の性格上どれも縁がなさそうですが、巧妙に隠している可能性も」


「ない!!」



 正直に話さないと、とんでもないレッテルがつきかねない。

 俺はいろいろ諦めた。

 自分の最大の欠点……なのかわからないけれど、包み隠さず言ってしまったほうがよさそうだ。



「実は俺、……が、苦手なんだ」


「何が苦手と? 聞き取れませんでした」



 俺は、喫茶店に人がいないのを確認してから、意を決して大声を出した。

 それくらい気合がいるカミングアウトだった。

 ものすごく好きだった子に冷たく捨てられた原因。それは。



「〇ブリと〇ィズニーが苦手なんだ!!」



 …………。



 店内がしーんとなった。



 ああ、こういう反応になると思った。

 呆れて店を出ていってくれ……。頼むよ……。

 


「なんという興味深いお答え」



 彼女は、ぐいっと身を乗り出してきた。その勢いに合わせて俺は仰け反った。

 なんで食いつくんだ!?



「〇ブリと〇ィズニーが苦手というのが、なぜフラれる原因になるのでしょうか?」


「たいてい、みんな好きだから……。

 好きなものを苦手、嫌いっていうと、すごく怒る子が多いというか。

 友達にも迂闊に言えないというか」


「好みは人それぞれです。

 少数派意見だからフラれるという理由がわかりません」


「実際にフラれてるんだから、そう言われても……。

 本当にそれが理由だよ。

 最初の彼女は、家族旅行のお土産で、俺に〇ッキーマウスのボールペンをくれたんだ。

 悲鳴をあげて落としちゃってさ。受け取れなかった。

 彼女にめちゃくちゃ怒られて、そのままフラれたよ」


「触れないほど苦手なのですか?」


「うん。あの独特なフォルムが、幼い頃から怖かった。

 あまりにも苦手で、〇ィズニーっぽい絵柄がすべてアウトになっちゃった。

 今じゃ〇ィズニーって名称を聞くだけでギクッとするし、丸が三つくっついてる模様にも拒否反応を示すよ」


「なんと。

 ピエロ恐怖症に近い症状とお見受けします。

 言われてみれば、独特ですよね。

 精神的アレルギーな存在を忌避するのは、至極当然のことです。

 当時、相手に説明はしたのですか?」


「『私が好きなものを嫌いと言わないで』、って激怒されて……。

 嫌いじゃなくて、苦手と言ってもダメだったよ。

 俺は、〇ィズニー好きな人を否定しないし、俺が特殊だって思ってるよ。

 でも、一緒に好きになれと言われたら」


「無理ですよね。

 触れられないほどの恐怖を、好きになれというのは現実的ではありません」



 彼女のストローが、ずず、とコップの底で鳴った。

 彼女がアイスティーをおかわりする。

 そういえば、店員さんは奥にいたんだった。

 俺の叫びを聞かれたかな。かなり恥ずかしい。



「災難でしたね、先輩。

 最も好きなものを否定されると、人は自らを否定されたように思うもの。

 否定ではなく個人的な敬遠であるのに、同類項にされるのは困りますね。

 心中お察しします」


「うん……」


「〇ィズニーデートに夢を馳せる年頃でもありますし。

 納得がいきました。

 しかしそれは、受け入れられない相手様の問題であって、先輩の問題ではありません」



 新しいアイスティーにミルクと砂糖をたっぷり入れる彼女に、レモンティーじゃないんだ、と一杯めと同じことを思う。

 俺の目線に気づいたのか、彼女は上目でにやっと笑った。



「名前がれもんだからって、特別レモンが好きなわけじゃないですよ?」


「あ、ごめん。なんとなく」


「世の中みんな〇ィズニー大好きじゃないのと同じです」


「……そうだね」



 彼女の言葉はそっけないようで、どこか、俺を慰めているようでもあった。

 気を遣わせてしまったかな。



 とりあえず、彼女の好奇心は満たせただろうか。

 尋問は終わっただろうか。

 やっと帰れると思った瞬間。



「〇ブリのほうは、どういうエピソードで?

 後学のために」



 全部聞かないと気が済まないらしい……。

 どこを後学にするんだよ。

 ここまできたら、全部話してもいか。

 今まで話題そのものを避けていたのに、こんなに真正面から聞いてもらえるのは、ちょっと心地いいし。



「彼女の家で、お互いの好きな映画の鑑賞会をすることになって。

 ほぼ同じパターンだよ」


「『私が好きなものを嫌いと言わないで』なパターンですか。

 彼女さんの怒りは理解しました。

 しかし、なぜ〇ブリが苦手なのです?」


「初めて見た〇ブリが、〇垂るの墓だったんだ。

 母がね。子どもには適当に〇ブリ見せときゃいいだろって考えで、〇トロ選んだつもりが間違えたんだってさ。

 当時の俺は4歳。母はテレビで流しっぱなしにして買い物に行った。

 母が帰宅した時、俺は泣きながら硬直してたんだって」


「なんと。まさかの〇子と同い年での視聴」


「そう。〇子と同い年での視聴」


「そのトラウマで、〇ィズニーと同じく、似た画風まで苦手になったと?」


「その通り。

 幼児期のトラウマって抜けなくてさ。

 既に〇ッキーマウスを怖がってたらしいから、ごちゃごちゃになって、両方余計にダメになったっぽい」


「不幸な連鎖ですねえ」



 ふむふむ、と彼女が深く頷く。

 否定的な反応をされなかったことに、俺は思ったより安堵していたらしい。

 長年の胸のつかえ。傷に傷を上塗りする過去。

 友人に相談しても、『くだらない』と一笑に付されてきた。

 俺にとっては、彼女をつくるのを諦めるほど大きな悩みだったんだ。



 自分でもくだらないと思っていた。

 克服できるかもしれないと、無理に触れたり視聴したりして、悪化させたこともあった。

 くだらなさすぎて、誰にも取り合ってもらえないのに、実害がある悩みだったんだ。



「このふたつは、だいたい遭遇するんだよ。

 男友達なら、苦手って言えば『そうか』で通じること多いんだけど、女の子は怒るみたい。

 だったら、最初から彼女を作らなければいいと……」


「それらを苦手な先輩を、許容できる相手ならいいんですか?」


「え」


「私、〇ィズニーも〇ブリも、特別好きでも嫌いでもありません。

 人生から排除しても問題ないですね。

 では、先輩。

 私をお断りする理由はなんですか?」



 ……理詰めで来られた。

 これは、どうしよう。

 断る理由がなくなってしまった。



 困惑する俺の目の動きを読んだのか。

 彼女は俺を安心させるように、にっこり笑った。



「断る理由はないけれど、受ける理由もない。

 立派なお断り理由です」



 まるで、俺の心を見透かしたように。



「非常に有意義な時間をありがとうございました。

 今後に活かしたいと思います。

 これにて、告白タイムを終了とさせていただきます。

 飲み物の代金は、最初に言った通り私が払いますので、道中お気をつけてお帰り下さいませ」



 椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をする彼女。

 顔を上げても、清々しい笑顔の彼女に、俺は小さく笑ってしまった。



「私、また、やらかしましたか?

 よくやらかすのです。

 可笑しいところがありましたか」


「それは、うん、いっぱいあったけど。

 やらかしというより、個性的で興味深いって思うよ」



 断る理由はないけれど、受ける理由もない。

 彼女の言うとおりだった。

 受ける気でいなかったから、このまま押されたらどうしようかと思った。



 俺は、押し付けが強い女子が苦手だったんだな。

 気持ちとか、好き嫌いとか、感情とか。

 寄り添って、くみ取って、お互いを気遣える人が好みだったのか。



「すぐにお付き合いはできないけど、友達からなら?」


「え」



 彼女の目が大きく見開かれた。

 ぽかんと開いた口が、ちょっと可愛らしく感じた。



「それは、その、脈アリというやつなんでしょうか」


「少なくとも、君と話してて楽しいと思ったよ」


「それは。

 それはそれは!

 光栄です!」



 とても変わった子だと思っていたし、そこは間違いない。

 だけど。



 顔を真っ赤にしてはにかんだ彼女は、普通に普通の恋する乙女で。

 経験値稼ぎとかではない、彼女なりの真剣な告白で。

 俺を本気で好きでここに来てくれたんだなと、実感した。



「あの!

 友達の距離感で次のお誘いをする場合、どのようにお誘いすると先輩は好感が持てますでしょうか!?

 後学のために!」


「また、『後学のために』?」


「はい!

 後学のために、ぜひ!」



 次の日曜日、この喫茶店で。

 お互いの好きなものを見せ合う趣味トークの約束を、その場で取りつけて。



 やっぱりコーヒーの代金を払うと言ったら、「ここが私の家です」と言われてしまった。

 知らないうちにお宅訪問していたらしい。



 まったく、びっくり箱みたいな子だな。

 橋都れもんさん。

 一度聞いたら忘れられない名前と、存在と。

 


「もちろん、受験も頑張らないとだけどね」



 喫茶店を出たら、存在感のある大きな夕日が、ででんと地平線に広がっていた。

 まるで彼女みたいだと思った。



 高校生活は、残り半年くらいか。

 うん。まだまだ捨てたもんじゃない。

 これから楽しくなりそうだ。



 彼女の『後学のために』なり続けられる男でいたいと、少しばかり思う自分がいて。



「彼女持ちの奴に、初デートの誘い方を聞いておこうかな。

 ……後学のために」

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後学のために! 優夢 @yurayurahituji

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