一般人

 

彼らが目を覚ましたのは学校ではなかった。


10メートルはあるかという高い天井から吊り下げられたシャンデリアと、巨大な柱に取り付けられた輝くトーチ。


足元には消えかかっている魔法陣もある。


(ここは……異世界!?)


伊藤アキは喜んだ。つまらない日常が運命のイタズラによってひっくり返されたようなイベントに興奮している。


「ね、ねぇシュン……」

「竹くん、コレどうなってるの……?」

「いや俺だってわかんねぇよ……?! てか伊藤もいたのか……。大丈夫か?」

「え、あ、うん、別に……大丈夫」

「おお……そうか」


しかし、他の3人はそうではない。


大宮ライと瀬戸ヒカリはそれぞれ竹シュンの袖や手を掴んで震えており、その竹シュンも顔面蒼白で呼吸が浅い。


今回の事態をそれぞれこう捉えた。伊藤アキは非現実への突入、竹シュンら3人は未知の技術による拉致と。


「ようこそおいでくださいました、異界の勇者たちよ」


金などの豪華な装飾が施されたローブに身を包んだ老人がそう言った。


老人の隣には神官姿をした長い金髪の少女が目を閉じて佇んでいる。


(勇者だって!? てことは!)


「此度、我々があなた方を召喚しましたは他でもない、厄災『青き蝶』を討ち滅ぼしていただきたいのです」

「い、いや無理だろ! お、俺たちゃただの高校生だぜ?」

「本当にその通りであればここにはおりませぬ。あなた方には女神様から魔法が与えられたはずでございます」


(女神から与えられた魔法、チート能力か!)


伊藤アキは自然と笑顔になっていった。


「いぃいらねぇ! 元の場所に帰らしてくれ!」

「『青き蝶』を滅することが出来たら女神様もあなた方を元の場所に帰すでしょう。それまでどうか、ご協力お願いいただきます」

「はぁ? 意味わかんねぇ……!」


(これはチャンスだ! この世界で俺は無双するんだ!)


◆◇


「ぶふっ!」

「え、何急に」

「い、いや……! ふふっ、あー、オモシロ。悪いな。ちょっとバカを見つけたから笑っちゃった」

「えー、私も見たかったぞ! どんなの?」


巨大なクジラで海を渡りながら、その上にいる水着の娘と話す。ちなみに私は全裸だ。


「遂にルクス聖王国で『勇者召喚の儀』とかいうのがあったんだが、落ちこぼれの男の思考が見てて面白いのなんの!」

「いや趣味悪いな……てか落ちこぼれって見てわかるものなのか?」

「いやソイツがこの星に来る前から見てたんだよ。次元を超える力は取り戻せたからな」


召喚しようとしている次元を特定するのは余裕だった。なんせ空間の歪みをまるで隠せていないのだから。


「ならもうどこにでも行ける……ん? ならなんでクジラにしたんだ?」

「好きだろクジラ?」

「うん! でも移動は早い方が」

「風情さ」


今の私はひとつの星の中での移動なんて手間を掛ける必要すらない。それでもこうやって一部をクジラにしているのは……楽しいからだ!


「でもさ、なんで人間なんだろう?」

「ん?」

「だって他の次元に助けを求められるなら、私ならもっと強い種族に頼むぞ?」

「その種族がこちらに牙を剥いてきたらどうする?」

「あ、そっか。難しいな……」


どんな存在でも完全に操ることが出来るなら話は別だが、どうやらそうではなかったらしい。


女神とやらも随分と雑な仕事をするものだ。


私ならそこら辺の高校生ではなく、訓練された自衛隊を連れてくる。日本だったし頭下げて報酬用意すりゃいけるだろ。人選ミスだろ。


てか、力与えるくらいなら自分でやった方が早いと思うんだがなぁ。


「お母さん、その人たちと私ならどっちが強い?」

「まだどんな魔法か分からないからな。とはいえ負けることはないだろうが……お、今からやるみたいだ」


建物の松明に群がる蛾とネズミを使って覗く。


城の敷地内にある庭のような場所でそれぞれが魔法を使った。


「男が『爆発』、小さい女が『テレポート』、金髪の女が『バリア』、落ちこぼれが『創造』……いや、『再現』だな」

「『再現』?」

「ああ。今落ちこぼれが機械仕掛けの剣を作ったんだが、明らかにコイツらのいた時代にそぐわない技術で出来てる素材が使われている。0から作る創造ではなく、何か架空の作品を再現しているだけみたいだな」


落ちこぼれが作った剣は刀身が何故かオレンジと青だし、光ってるし、グリップにトリガーが付いている。


なんというかこう……子供っぽいな。


「架空を現実に、ってどういう原理なんだ?」

「恐らく魔法が脳のイメージを読み取ってそれに適した物を作っている、もしくは見た目と起こる現象だけを発生させているって感じだな。剣を解体すれば一発で分かる」


前者なら電子部品工場になってくれそうだな! アハハ!


その代わり、後者はつまらないニンゲンでしかないが。


「さて……見えてきたぞ。また新しい家を探さないとな。どんな家がいい?」

「海が見える家!」

「アハハ、あるといいな!」


本当に私によく似ている。


……ところで!


この星に連れてきた『女神』によって彼らは魔法が使えるようになった。


『女神』がそんなことをわざわざする理由として考えられるのは、大きく分けて2つ。


この星にある何かを私が奪取することを危惧している、もしくは信徒から与えられる捧げ物を多く貰うための仕込み。


どちらにせよ女神そのものが出張ってこないなら、私が勝つ。


◆◇


俺たちが異世界に拉致られてから1ヶ月が経った。


右も左も分からないまま『青き蝶』を倒すためとか言って、めちゃくちゃ危険な『爆発』っていう魔法を扱う訓練をさせられている。


今は城にある自分の部屋で魔法の勉強をしているところだ。


「シュン、ちょっと休んだらー? ずっと訓練と勉強してんじゃん」

「勉強で体を休めてるからいんだよ」

「よくないでしょ。てかお前、魔法ってそんなに勉強して意味ある?」

「分からん。でもこうしないといつまで経ってもバカのままだろ? 俺はそれが嫌だから勉強すんだよ」

「まっじめ〜。受験にも生かせるといーね」

「うっせ。てかなんで俺の部屋に入り浸るんだよ。自分の部屋あんだろ?」

「それはなんか……広すぎて1人だと落ち着かなくって」


そう言われて部屋を見渡す。


この部屋は確かに広い。学校の教室2つ分くらいはある。修学旅行の大部屋くらいある。


「……なら瀬戸の部屋でよくね?」

「瀬戸さんとはそこまで仲良くないしー? メーワクかなって」

「俺ならいいと!?」

「いーでしょ? うるさくしないから」

「……まぁそんならいいけど……いやなんかダメじゃね?」

「ウチのバリアなら何が起こってもヘーキだし」

「……ならいっか」


……いいのか? まぁなんでもいい。爆発の勉強再─「窓に蝶いるよー。超キレーだから見てみ」

「えっ……マジじゃん! すげぇ……異世界だからか?」

「いやこれアオスジアゲハ。日本にもいるやつ」

「え、そうなの!?」


知らなかった。てか大宮はなんで知ってんだ。……もしかしてアオスジアゲハって皆知ってるもんなのか?


「あ、そういえばウチらって蝶を倒すんだっけ?」

「でもそれは例え、比喩表現? ってやつだろ? 多分だけど蝶とかそんなレベルじゃないっしょ。てかさぁ、マジで家帰りたくね?」

「それな〜! フツーに拉致事件だし、家族にめっちゃ心配されてそうでイヤ」

「なー」


それから暫くは愚痴の言い合いみたいになって、勉強が再開することは無かった。


その日はこっちに連れてこられてから初めてしっかり寝られた気がする。

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