013 爆乳と罪悪感と危機感と。

 ザクロ義姉ちゃんがダンジョンで行方不明になって、三年。

 カハイさんが顔に酷い火傷を負い、片足を失って三年とも言える。

 流石に三年の月日は長すぎたみたいで、赤ちゃん肌になるエリクサーは期待通りの効果を発してくれなかった。


「正直諦めてたんですけど、まさか火傷痕が取れるなんて!」


 エリクサー、一本目。

 顔の火傷痕が若干薄まるも、失われた片足が生える事はなかった。

 エリクサー、二本目。

 顔の火傷痕がまたしても若干薄まるが、片足は依然として生える気配なし。

 エリクサー、三本目。

 顔の火傷痕が薄れ、もうちょっとで完全に治りそうになるが、片足はうんともすんとも言わない。

 エリクサー、四本目。

 顔の火傷痕がうっすら残る程度になるが、やはり片足にエリクサーの効果は出ない。

 エリクサー、五本目。

 顔の火傷痕がすっかり癒えるも、片足は生える予兆すら見えない。


「足は、どうにもならなかったですけどね……」

「いえいえ、顔が治っただけでも十分ですよ!」


 カハイさんのお肌は、もってぃもてぃのすっべすべなパーフェクト赤ちゃんスキンになっていた。

 ……気のせいだろうか、ちょっと、いや、だいぶ? 若返ってる感じがする。


「しかも、うっわー! なんか今、結構若い頃の自分に似てる気がします!」


 確か彼女の年齢は三十二歳。

 エリクサーを五本使った影響なのか、見た目年齢が二十二歳くらいになってる気がする。

 今年うちの会社に入って来た新入社員らと、あんまり年齢が変わらない様に見える。


「ですが……エリクサーを五本も使ってしまって、私にそこまでの価値は……」


 カハイさん曰く、赤ちゃん肌になるエリクサーの価格は二百億。

 五本使ったので、一千億。


「ありますね! 一千億の女性と呼ばれても問題無いと思いますよ!」


 五百億なんて失礼な話だよね? ね?


「やだもうお上手なんですからあ♡」


 別になにも上手じゃなかった気がするけど、まあいいか。

 でも、なんだかなあ。

 ここまでやった手前、片足もなんとか再生してあげたいんだけどなあ。


「……そういえばカハイさん。ホームセンターに、魔農培養土って売ってますかね?」


 確か企業は、普通の土を魔農培養土と混ぜて馴染ませてから、薬草を作るんだったよね?

 俺がエリクサーで薬草を作って失敗したのは多分、土が魔力に慣れてなかった的な感じだよね多分?


「え? ええ、確か二、三万くらいで買えるかと」


 そのくらいの値段なら、ちょっと試してみても良いかもしれない。

 ……だとしたら、魔法の釜も良いの買うしかないのか?

 でも一億のお金なんて無いからな。


「うーん……」


 カハイさんの失った足をチラチラみながら俺が唸っていると、彼女はひとつ提案をしてくれた。


「あの、お礼にもならないでしょうけど、魔農培養土と、新しい魔法の釜、やっぱりプレゼントさせて頂けませんか?」

「……え?」


 おーっしゃ! 正直それ言ってくれるの待ってた! めっちゃ助かるー!

 なんて気持ちはあるものの、なるべくポーカーフェイスで対応。圧倒的に超絶紳士的に対応。


「いえいえ、悪いですよ!」

「そんな事おっしゃらず! せめてそれくらいさせて下さい!」


 もうちょっと断って粘ってみるか。

 それで向こうが諦めたらそれまでって事で。


「前も言ったかもしれませんが、何か返してほしくてやった訳じゃありませんし」

「もうっ、過ぎた無欲は身を滅ぼしますよ?」


 すみません。以前はともかく今は作戦込みで言ってます。本当にすみません。


「いえいえ、カハイさん相手だから見返りがいらないってだけで、他人ならがっつり頂きますがね」


 これは本音だ。

 ザクロ義姉ちゃんの相棒だったのもあるけど、それより、頼って欲しいと言ってくれた彼女だからこそ言える言葉だ。

 本当なら魔農培養土と、新しい魔法の釜だって自費で買いたい。でも、それは無理な訳で。

 だからこそこんな割と卑怯な作戦を取ってる訳で。


「やだもう♡ じゃあ私だって、タクミさんだからこそ提案させて頂いてるんですよ♡」


 なんだろ、これこそ気のせいかもしれないけど、……なんか、目つき、色っぽくない?

 レモンちゃんもたまーにするけど、この俺を見る目つき、色っぽくね?


「決めました! 私に買わせて下さい! 魔農培養土と魔法の釜!」


 おおっとお!? ここまで言われちゃ、断る方が失礼ってもんだよなあ!?

 みんな、そうだよねえ!? ねえ!? ねえ!? ねえってば!?


「い、いいんですか本当に?」

「ええ♡ 是非買わせて下さい♡」

「あ、ああ、ありがとう、ございます」


 作戦通りにはなったものの、……あれ?

 やっぱなんか、実際に物品を奢ってもらうとなると、罪悪感があるというか、気が引けるというか……。


「では明日、さっそく買ってきますね! 楽しみにしてて下さい!」

「は、はい……」


 気が付けば、もう時刻は夜の十一時。

 大人でもそろそろいい加減寝る時間だ。


「それでは失礼させて頂きます。おやすみなさい♡」


 カハイさんはお美しくかつお優雅に、おやすみの挨拶をしてから自分の家に帰っていった。

 目つきの色っぽさと罪悪感から俺は「お、おお、おおや、おやす……」しか言えなかった。ダサい。クソダサが過ぎる。

 おやすとか言いながらギリギリお辞儀できたのが救いか。

 勝手にカハイさんが「みなさい」を補完してくれている事を祈る。


「俺も寝るか……」


 就寝前の、やってはいけないスマホをついやりながらベッドに入る。


「……なにやってんだか」


 スマホで見ていたのは、ニュースサイト。

 有名なアイテム会社【ホーエンハイマー】の会長の息子、フラスク・テオフラスト(18)の記事だ。

 会長は余命いくばからしく、会長を救うために息子のフラスクはダンジョンに潜っていた。

 しかも、レモンちゃんが利用してるのと同じダンジョンですと。

 それで? とうとう、深層の浅い所にようやく潜れる様になったらしい。すごいすごい。

 ほんで? パーティーを組んでのダンジョンアタック中、なんでも錬金不可能なアイテム【ギガポーション】を手に入れたと。

 フラスク以外のパーティーメンバー全員が、ギガポーションを売って装備を整えたいと言っていたと。

 でも、フラスクはギガポーションをなんとしても会長に使いたくて――


「――メンバーを殺してでもギガポーション欲しかったんだ? うーわ、えっぐいねえ……」


 パーティーメンバーは全員重傷を負っており、即入院。とりあえず今すぐ命に別状はないらしい。

 ……そっか、アイテムひとつで、こうやって醜い争いになるケースがあるんだな。


「やっぱ俺、錬金術とか薬草栽培で有名になりたくないな。こういう輩に目をつけられたら、たまったもんじゃないし」


 くわばらくわばら。

 そう呟きつつも、眠くなるまでスマホをいじり続けた。

 ……ほとんど寝れませんでしたが何かあ!?

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