012 シンママをご購入するおじさんは罪深い。

 オーナーに、普通の薬草の栽培方法を教えてもらった。

 企業が行う薬草栽培の方法を、イチから順に説明してみようと思う。

 まず、広めな土地を用意し、魔式ビニールハウスを建てます。

 ハウス内の大地を耕します。そこに、土属性変化させた魔石をペースト状にした、【魔農培養土】をふりかけ、混ぜるようにもう一度耕します。

 そのまま一週間ほど耕し混ぜ続け、元々の土が魔農培養土に完全に犯され浸食され同化したのを確認してから、薬草の種を植えます。

 魔石をエネルギー源する、風と水と土属性の三種混合企業魔法で作られた【育成蒸気】でビニールハウス内を満たします。

 魔石を水属性変化させ液状にした魔液体と、普通の水と混ぜた【魔水溶液】を土全体にまんべんなく振りかけます。

 魔水溶液をやりつづけて、およそ一カ月で――立派な薬草が生えます!

 わーぱちぱちぱちー!


「……え? 一週間で、薬草、出来るんですか?」

「は、はい……おかしいでしょうか?」

「おかしいですよ!?」


 と、ととと、とりあえず、俺の薬草の育て方をご紹介。

 プランターを用意して、ホームセンターで買った二千円くらいの、ふっつーの培養土を入れます。

 そしたら薬草の種を植えて、毎日、人間が食べれるような食料を、育児スキル【まんま】で食べさせてあげます。

 もちろん、毎日水やりは忘れてはいけません。

 水道水じゃなくて、ミネラルウォーターでいきましょう。

 そしたらなんと――一週間でご立派な薬草が完成!


「嘘でしょ。必死に薬草作ってる企業の職員が卒倒しますよ……」

「そんなにですか!?」

「ベランダで薬草って、普通なら、三年かかって小さい薬草が出来るかも? レベルですからね? なんなら芽が腐って終わるの当たり前ですから」

「うそお……」

「それはこっちの台詞ですからね!?」


 オーナーとお話させてもらった結果、戦闘では使えないゴミスキルだった筈の、俺の育児スキル。

 そのスキルが、薬草栽培において明らかにチートだったみたいだ。

 育児スキル【よしよし】で、毎朝薬草の芽を撫でてたし、【まんま】でご飯あげてたし、夜は【ねんね】で毎日寝かしつけてたし。

 ちゃんと育児スキルを駆使して育ててたから、クソみたいな環境でも立派な薬草が作れてたみたいだ。


「土が爆発したのは、恐らく、薬草の根っこからエリクサーの魔力が土に溢れたからでしょうね」


 魔力が薬草から土に溢れて、プランターの土ぜんぶに魔力が行き届いて、もう破裂寸前まで魔力がプランター内に充満して、その魔力に耐え切れなかった土が、勢いよく弾け飛んだ。

 簡単に説明すると、そんな感じらしい。

 魔力怖い。

 この説明で分かり辛かったら、空気と風船をイメージするといいらしい。

 魔力が空気で、土が風船だと仮定して。

 空気をそそぎこまれた風船は膨れ上がる。

 でも、空気が入り過ぎると、風船は割れるよね?

 それと同様、魔力が入り過ぎた土が破裂――といった感じだったみたいだ。


「多分、エリクサーを錬金してすぐ魔法の窯が壊れなかったのは、育児スキルのおかげじゃないでしょうかね?」


 窯の中でごちゃまぜになってはいるものの、窯ごしにでも、薬草に対して【よしよし】して【ねんね】してたから、数回だけエリクサーが作れたんじゃないか?とオーナーが予想してくれた。

 窯のなかで暴れん坊にならず、素直な良い子にねんねしてたから、窯もそんなに消耗しなかった。

 なるほどそう考えたら納得できなくもない。


「――とにかく、特にこれといった問題はなさそうで安心しました!」


 色々複雑そうな瞳をしているものの、器用にも安堵の表情を見せてくれているオーナーがお美しい。


「すみません、関わりたくない筈なのに、長々とお話ししてしまって……」


 そういえば、といった具合に気が付いたオーナーが申し訳なさそうに謝ってくれた。

 いや、別にオーナーと関わりたくないんじゃなくて、オーナーの娘と関わりたくない訳で。

 ………あんまり変わらないか、オーナーからしたら。


「その、……最後に一つ、お聞きして、いいですか?」


 玄関まで見送ると、オーナーは振り向きざまに質問の許可を得ようとした。

 当然良いに決まってるので、「はい、良いですが」と返事。


「……お引越し、考えてたり、してます?」


 どきっとした。

 ミルクと関わりたくないから、他の安いアパートにでも引っ越そうかなーなんてちょっと考えてたもんで驚いた。

 でも、本気で考えてた訳じゃなくて。


「えと、少しは、考えました。でも……」


 でも、このマンションには、義姉ちゃんとの思い出もあるから。

 それに、レモンちゃんとの思い出の場所でもあるから。


「ザクロ義姉ちゃんに、オーナーを守れって、言われてますし……」


 傍若無人をそのまま具現化した様な我が姉、茨姫ザクロ。

 何年前だったか、確かレモンちゃんが小学校二年生になったかならないかの時。

 ザクロ義姉ちゃんは、マンション経営をはじめたオーナーを物理的に守れと俺に注文をつけた。

 オーナーも「心強いです」と言って、格安で隣の部屋を貸してくれた良い人だ。


「暴力行為があったら、いつでも貴方を頼れと、ザクロは言ってましたね」

「あはは。懐かしいですね……」


 ザクロ義姉ちゃんは、小さい頃からダンジョンアタッカーを夢見ていた。

 なので、小学校に入る前から剣術道場に通っていた。

 俺が施設から養子として命ヶ為家に入った時、ザクロ義姉は幼稚園の年長さんだった。

 義姉ちゃんに無理矢理道場に一緒に通わされ、一緒に剣を学ぶ日々が続いた。


「深層に潜ってる凄腕アタッカーのアタシ様が、どうしてもアイツに勝てないってボヤいてたのが、昨日の様に思い出せます」

「はは。どうせ義姉ちゃんも手加減してくれてたんでしょうけど」


 俺は、義母が病死した高校の頃、剣術道場をやめた。

 アタッカーを夢見る義姉ちゃんを応援したかったし、家事で義父を支えたかったからだ。

 ザクロ義姉ちゃんは、そんな俺の気持ちもつゆ知らず、道場から帰るなり、練習と称した模擬戦をやらされる毎日だった。

 俺が就職してからも頻繁に模擬戦しようぜと誘われたりしてたっけ。

 しかも、リストラで苦しんでる時ですらお構いなしにだ……。

 …………はあ。

 ザクロ義姉ちゃんがダンジョンで行方不明になって、もう三年。

 模擬戦すらしてないから、身体がもう鈍って鈍ってしょうがない。

 たまには素振りくらいはしてみても良いかもしれない。


「レモンちゃんは、ザクロ義姉ちゃんがまだ生きてると信じて、ダンジョンに潜ってます。それなのに、思い出のマンションから引っ越すなんて、……貴女の傍を離れるなんて、俺には、まだ、…………出来ません」

「そう、ですか……」


 ザクロ義姉ちゃんは、多分もう、死んでる。

 そんな言葉をお互い、腹の奥底に、ぐぐぐぐぐいーっと飲み込んだ。


「関わりたくないとは言いましたが、緊急時は別です。いつでも、頼って下さい」

「ありがとう、ございます」


 恭しくお辞儀してお礼してくれたオーナーがお美しい。


「とはいっても、俺がマンション入ってから全然暴力沙汰とか無いですけどね! あはははは」

「んふっ、そうですね」


 俺が介入するイベントが無かったからこそ、ミルクのクソガキとも面識がなかったと言える。

 所詮は姉の友達でしかないからね、必要以上に関係を持とうとする方がおかしい訳で。


「タクミさん? 貴方も、少しでも困ったことがあったら、私を是非頼って下さいね?」


 …………あれ? なんか、はじめて名前で呼ばれたかもしれない。

 めっちゃ胸がどきどきしてきたんですけどおおおお!?


「馬鹿な娘ですけど、本当に、本当に本当に本当に、助けて下さって、ありがとう、ございました」


 深々と頭をさげられ、心からの感謝の言葉を頂いた。

 ……うん、もう、本気でこれで満足したわ。

 お美しいオーナーの心からの感謝で、それこそ心が満たされたわ。

 ミルクのクソガキはどうでもいいとして、オーナーがここまで喜んでくれるなら、良かった。

 エリクサーを使って、良かった。


「では、失礼致します」


 こつ、かつ、こつ、かつ。

 顔半分が火傷で覆われ、更には片足を失っているオーナーは、少々歩きにくそうに杖を使って、隣の自分の家に戻ろうと歩き出した。

 ……これで、守れていると、言えるのだろうか?

 ザクロ義姉ちゃんには、物理的に守れと言われただけだけど。

 マンション内では、まあ守った判定してもいいと思うけど。

 けど、それでも俺は、……俺に感謝してくれたオーナーを。

 湯之谷カハイさんを、もっと手助けしてあげたいと、そう思った。


「……あの!」


 ふわり。

 顔半分が焼けただれていても、圧倒的にお美しいカハイさんは、俺の声に反応し、振り向いたた。


「はい?」

「あ、あの、あの……っ!」


 余計な恩を売るようになるって事は分かってる。

 でも、どうしても、言いたくて、どうしようもなかった。


「エリクサー、もう1個要りませんか!?」

「……へ?」


 間抜けた声すらもお美しいオーナーがマジお美しい。


「どてっぱら空いたお腹が一瞬で治ったんです! なら、カハイさんの足も、顔の火傷も、治りませんかね!?」

「えっと……」


 オーナーは、カハイさんは、俺がエリクサーを何個か持ってる事くらい想像ついてただろう。

 なのに、ミルクを治す以上の事は、要求してこなかった。

 自分を治して欲しいという気持ちさえ、俺に見せて来なかった。

 たとえ思っていたとしても、微塵も感じさせなかった。

 娘を大切にしているカハイさんだからこそ、あんなクソガキを相手にしてる彼女だからこそ。

 俺に、俺に――頼ってくれと! 言ってくれた彼女だからこそ!

 己を顧みないカハイさんだからこそ!

 俺は、どうしても手助けがしたいと、思ったんだ!


「もちろん無料でさしあげます! 恩返しも必要ありません! ですので、どうか是非!」


 下心は、塵ほども無い。

 ただ純粋に、ひたすらに、助けたいと思った。それだけだ。

 レモンちゃん以外にエリクサーは使わない宣言はしたけど、臨機応変に対応すべし!


「俺のエリクサー! 受け取って、もらえませんでしょうか!?」

「んふふっ……」


 カハイさんは目を細めて、どこかこそばゆそうに笑った。


「タクミさん? 貴方のエリクサーの価値、お教えしましたよね? 二百億は行くでしょうと。貴方にとって、私はそこまで価値、ありますか?」

「ぴったり丁度二百億くらいの価値はありますね! ええ!」


 なんせザクロ義姉ちゃんの相棒だし!

 めっちゃお美しいシングルマザーだし!

 俺に頼ってくれって言ってくれるお優しいお方だし!

 それくらいはあるある!

 ミルクの価値? ……ねえだろそんなもん。


「……私を、二百億で、買ってくれるんですか?」


 買う? ……ああ、買ってる買ってる買ってますよ。

 素敵な人だなーって、人間として買ってます。高評価ですよそんなもん!


「もう既に買ってますよ! ええと、……やっぱ二百億じゃ足りないですね! 四百億にしておきましょう! いや切りよく五百億という事でどうでしょう!?」


 エリクサーが無料かつ恩返しが要らないというのなら、ミルクの分も足しておいた方が良さそうだ。

 なので、二百億を倍にして、プラスで百億追加してみた。

 うん、これで良し。


「あはっ!」


 カハイさんは面白おかしそうに、すこぶる楽し気に笑っている。

 んあ゛ー! お美しいんじゃああああああああっ!


「……ご購入、ありがとうございます♡」


 カハイさんは俺の腕に抱き着き、爆乳を押し付けつつそんな訳わからん事を言って来た。

 購入って何が!? 意味が分からないんですけど!?


「と、とりあえずエリクサー持って来ますね!」

「はあい♡」


 俺は急ぎ、赤ちゃん肌になるエリクサーをダッシュで取りに部屋まで戻った。

 ……歳かな。ちょっと膝が痛かったかもしれない。

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