014 ダンジョンで一番ホットな犬。
「ひ、光ってる……?」
カハイさんに【魔農培養土】と、三億もする高級品だけどリーズナブルらしいセレブな魔法の釜【アカシックポット『アイオーン』】買って貰い、一週間が経過した。
買って貰ったその日にさっそく魔農培養土と普通の培養土をブレンドさせ、全体に魔力がたっぷり染み込むまで混ぜ込んだ。
育児スキルで【よしよし】しながら混ぜたら、十分もしないうちにすぐ染み込んだ。
リュウガンで作った【魔力の流れが見える薬草】を食べれば、土の魔力がどんな風になってるかは確認出来たから、結構楽だったかな。
作っておいてよかったリュウガン薬草。
そんでもって薬草の種を三つ植えて、エリクサーで育ててたんだけど……。
「夜なのに、ぼんやり、虹色に、光ってる……」
時刻は夜八時半。
もうそろそろレモンちゃんが来るから薬草を収獲しようとベランダに出たら――光ってた。
エリクサーを毎日あげてる薬草の新芽たちが、光ってた。
神々しくもぼんやりと、光っている。
蓄光顔料でも入っているのかと勘違いするくらいにだ。
「おじさん!? え、ちょっとまって!? うそでしょ!? 普通薬草が光る!? ありえないし! うははははははははっ!」
合鍵で入って来たレモンちゃんは、俺そっちのけでぼんやり光る薬草の新芽を見て、今まで見た事のない笑い方をみせてくれた。
え? そんな一面もあったの? うははーって笑う時もあるんだ?
……かわいっ。
めっちゃかわいっ!
「おじさん、それ、どうやって育てたの!? ねえ!?」
「うん? いやほら、エリクサーで育てた薬草の芽だよ?」
「やだおじさん! これ、薬草の芽じゃないよ!? なに言ってんの!?」
…………うん?
薬草の種を育ててたのに、薬草の芽じゃないとはこれ如何に?
「これ――【世界樹の新芽】じゃん!?」
……ワッツ?
世界樹?
世界樹の、なに? 新芽?
いきなりそんな事言われても、おじさん頭が追い付かないよ?
「いやちょっとまって!? なにその顔! 世界樹は知ってるよねおじさん!?」
「う、うん。そりゃね?」
――世界樹。
女神様が最初に世界を作った時、世界の命を束ね、維持、管理する存在として創造された、神秘の大樹。
世界樹の葉を煎じて飲めば、死者すらもたちまち蘇り、朝露ですら、エリクサーを超える回復能力があるらしい。
更に、世界樹の枝は、伝説の金属オリハルコンに勝るとも劣らない強度があるとされている。
そんなトンデモ大樹の……芽? これが?
俺みたいなさえないおっさんが、しょべえプランターで育てた、この芽が? なに?
世界樹の、新芽だって?
「アタシ、アタッカーの再講習受けた時にも見たから絶対そうだって! これ世界樹の新芽だって!」
アタッカー講習。
ダンジョンに潜る前に、ダンジョンアタックをする者達は全員講習を受ける。
講習内容は、アタックにおけるマナーや基礎知識について。
今回の再講習は、アタッカー全員に義務付けられたらしい。
強制とも言っていいかもしれない。
なんでも、例のギガポーションをめぐっての争奪がメディアで大きくとりあげられたのが理由らしい。
二度とあんな事件を起こしてはならないと、政府はアタッカー全員に再講習させるように命じた。
当然、一週間で全員分の講習が終わる訳無いので、まだ講習を受けていないアタッカーが数多く存在する。
その人たちは勿論、ダンジョンアタック不可能だ
先着順で講習を受け付けているらしく、レモンちゃんは即座に予約を入れた。
だもんで、三日だけアタックを控える程度でなんとかなったとか。
「へえー…………え? じゃあ、もしこれが本当に世界樹の新芽だとしたら……うん?」
「え? おじさん何悩んでんの?」
「いやその…………葉っぱって、いつ、生えるのかな?」
「…………あ」
世界樹は、想像できないくらい大きな木らしい。
プランターで育てきる事なんて出来ないだろう。
そんな規模がデカイ新芽、どこまで育てれば葉っぱが生えるのか、全然見当がつかない。
「い、いつだろ? 確かに、それ分からないわ」
「だよね? いつから錬金に使っていいかも分からないし」
――と、俺が首をひねった瞬間。
ずぞぞぞぞ。
誰かが何かを吸ったような、よく分からない音がした。
「あれ? おじさん、…………プランターの土、黒くなってない? ほら、端っこ」
「ほんとだ。なんだ、これ?」
よく見ると、プランターの端っこの土が真っ黒になっている。
「……え? 黒い土、多くなってない? おじさん見てよ! どんどん黒い土増えてくよ!?」
「え、ちょ、え!? な、なんだこれ!? なにこれなにこれ!?」
土は、プランターの端からどんどん黒く染められていく。
そして、土が全部黒くなったと思ったら……。
「な、おいおい、ええっ!? め、芽が!?」
ひとつの芽を残して、他のふたつの芽までが黒く染まり――ぼろぼろり。
あっさりと、腐ったかのように崩れ落ちた。
俺はなんとなしに、黒くなった土を手ですくってみた。
すると――さらさらさらさら。
土だった筈のモノが、ただの黒い砂と化していた。
「おじさん、もしかしてだけどさ? 魔力とか、栄養、全部吸い取ったって事じゃない? 一個の、世界樹の新芽がさ?」
レモンちゃんがそんな推測をしていると――ぷるぷるぷる。
世界樹の新芽は身体を震わせ――ぱつん。
ちっちゃな葉を、その身につけた。
「おじさん、これ! 世界樹の葉かな!?」
「いやこれちっちゃすぎるでしょ。だから、ただ葉っていうんじゃなくて――」
多分これ以上育てるのは現実的じゃないな。
なんて、そう思い込んだ俺は、暗黒色の砂にぴんと立つ世界樹の新芽に実った葉を、ぷちりと摘み取った。
「――【世界樹の若葉】じゃない?」
虹色にぼんやりと光る若葉を、掌に乗せて勝手に命名してみた。
「おじさん、もっと広い土地があれば、世界樹そのものを、育てられたりして?」
「お金いくらかかるんだろね、それ……」
わくわくと楽しそうにレモンちゃんのクチから夢広がるような発言がされるも、育てるまでにかかる費用等を考えると、やっぱり現実感が無い。
俺にはこの若葉を育てる程度で十分だ。
土だってプランター分だけど全消費しちゃったから、そんな頻繁に育てられる訳じゃないしね。
これからも身の程を弁えて薬草の種を育てていこう。
それがいい。
「あ、そうだ。レモンちゃん。今日の薬草はこれね? はいどうぞ?」
ぷちぷちぷち。
隣のプランターに成っていた薬草摘み取り、レモンちゃんに手渡した。
勿論、今ベランダにあるプランターは全て、魔農培養土と普通の培養土をブレンドしたヤツを使ってるのでご安心を。
「【ホットドッグで育てた薬草】だよ? 効果は試してないから、気を付けてね?」
「なぜにホットドッグ……」
後日、ダンジョンアタック中のレモンちゃんがホットドッグで育てた薬草を食べた結果。
『アオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!』
ケルベロスに変身して、地獄の炎をまき散らしていた。
……こわっ。
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