011 普通の土と水と人間の食事で薬草が育ちましたが何か?

 プランターが爆発したけど、この程度ならオーナーに報告する必要はないだろう。

 音もそんなに大きくなかったし、マンションの設備に被害が及んだ訳じゃないから大丈夫大丈夫。


「……うわっ!? こっちも壊れるのかよ!?」


 レモンちゃんをお家まで送ってからの、午後十時。

 エリクサーで薬草を育てたらどうなるんだろうと、その為だけにエリクサーを作り続けていた今日この頃。

 レモンちゃんだけでなく薬草にまでエリクサーを与え続けていたバチがあたったのか、錬金で使う魔法の窯に、いつの間にかヒビが入っていた。

 さっき入れたばかりのアイテム混合魔液が、そのヒビから溢れてしまっている。

 タオルで拭き拭きっと。


「うそだろ、これ単品だと三百万もするのに……」


 錬金術初心者キット、千二百万円。

 万が一道具が壊れたらバラで買い直す必要もあるので、それぞれ単品の値段の確認はしていた。

 灼熱の魔法陣刺繍カーペット、二百万円。

 魔法の窯、三百万円。

 混沌の混ぜ棒、百五十万円。

 十全のガスマスク、五百万円。

 天空のハイゴーグル、二百五十万円。

 アイテム混合魔液、十リットル百万円。

 クリスタル漏斗、二十万円。

 魔人のおたま、十五万円。

 ポーション用強化ガラス瓶百個詰め合わせ、十万円。

 錬金術基礎教本、十万円。

 バラだと一千五百万円超えのところ、セット買いで一千二百万円! お得! めっちゃバリバリお買い得!

 でーもー?

 俺の預金残高、八百万円!

 もっとお得に買えれば良かったのになあ!


「……どうしよ。錬金術、プチ引退しよかな?」


 エリクサーは、既に作ってあるのが十個あるし、ポーション代わりの消化の良い薬草もあるし、当面問題は無い筈。

 レモンちゃんにしかエリクサーを渡さないにしろ、瀕死の重症を治すような代物を十個も使う様な事があれば、もうアタッカーを引退してほしい。

 というか、深層に至らないまま合計三つくらいエリクサーを使ったら、引退してもらいたい。

 ダンジョンの深層で行方不明になったザクロ義姉ちゃんを探して助け出す為だとしても、三個使ったらもう駄目だろ。

 アタックして死ぬリスクの方が高くなるだけだ。

 その時は、才能が無いから諦めろって、……言わなきゃ、いけないだろう。


「……三百万、かあ」


 はじめて間もない錬金術を引退すべきかしないべきか、しばらく考えていると――ぴんぽん。

 玄関のチャイムが部屋中に鳴り響いた。

 インターホンで鳴らした人を確認すると……オーナー!? なんでこんな時間に?


「あの、夜分遅くにすみません」


 玄関のドアをあけるなり、謝罪された。

 困ったようなお顔が実にお美しい。

 ミルクのクソガキの親とは思えない程に、ご丁寧でお美しい。

 あんなガキになったのは運が悪かったんでしょうね、きっと、いや絶対。


「いえいえ、別にかまいませんが、なにか御用でしょうか?」

「それが、ですね……こほん」


 オーナーは軽く咳払いしてから、訪問した理由を教えてくれた。

 事はおよそ一時間くらい前。

 俺の部屋あたりから爆発音が聞こえたと、マンションの住人から電話連絡があったのだという。

 オーナー本人は爆発音が鳴った時は家に不在で、さっき帰って来たばかりらしい。

 当時家に居たクソガキミルクが、マンション住人からの苦情をしこたま聞かされたとかなんとか。

 ミルク曰く「音はあっしも聞いてたし、ぜったいお隣さんっすね。多分大事ないっすわー」との事だったらしい。

 娘の言葉もあって、とりあえず俺に爆発について聞きに来たって訳だ。


「あー……はい。プランターで薬草を育ててたのですが、何故かプランターが爆発しましてね? マンションの設備が壊れたとかそういうのは無いので、ご安心を」

「そうなんですね! なるほどプランターが……え? なんですって?」


 何かひっかかる所があったのか、オーナーは実に不思議そうな表情で、頬に汗を一筋垂らして疑問の声をあげた。


「薬草を、プランターで?」

「え? あ、はい、実は自分、薬草をプランターで育ててまして。で、エリクサーを与えて育ててた薬草のプランターが爆発したんですよね。こう、ぼかんと」

「…………突っ込みたい所が三ヶ所くらいありますが、……え? 薬草って、まさか、そういえば、まだ入院してた時のミルクに、レモンちゃんが面会に来てくれたんですけど、……おじさんに病院を教えてもらったって言ってて、……あら? おじさん? 薬草?」


 そうそう、ミルクのクソガキが入院してる時、彼女をモンスタートレインから助けたレモンちゃんが、面会に行きたいって言い出したんだよね。

 本当は俺も同伴するつもりだったんだけど、休日でない限り、俺と一緒に行くとなると結構時間が遅くなる訳でね。

 だもんで、レモンちゃん一人でミルクの面会に行った事があったっけ。


「もしかして、レモンちゃんが配信で使ってる薬草、作ってらっしゃったり、します? まさか、それが爆発した、とかで?」


 おっと、オーナーはレモンちゃんの配信を見てるのかな?

 でなきゃこんな聞き方はしないだろう。

 うーん、どう答えたもんかね。

 本当は正体を明かしたくなかったけど、オーナーなら別に良いか。

 ザクロ義姉ちゃんの相棒でもあった人だし、信用は出来る筈だし。

 それに、ここで否定したほうが変だろう。


「ええ、自分が作ってます。消化の良い薬草とか、色々育ててましてね? ……あ、これは誰にも 言わないで下さいね? あんま注目されて家凸とかされても嫌ですし」


 クソガキミルクは、レモンちゃん経由で薬草やエリクサーについて秘密にするように言ってあるから、まあ大丈夫だろう。

 ……大丈夫か? あとでもっかいレモンちゃんに頼んでおこうそうしよう。


「ネットで誰よりも一番騒がれてますもんね。ええ、分かっております。絶対に他言はしません」


 オーナーならなんかね、ほんと信用できる感がある。なんでだろ?

 やっぱザクロ義姉ちゃんの相棒だった人だからかな?

 もしかしたら、あの傍若無人なザクロ義姉ちゃんの相方なんて、人間出来てる人しか無理ってのが頭にあるからかな?


「ですが、……え? 薬草をプランターで育てていて? それが爆発した?」

「そうなんですよね。なぜか、エリクサーで育てていた薬草だけが爆発しちゃいまして」

「普通、エリクサーで薬草を育てようなんてしないんですけどね……」


 エリクサー作れる人、いまんとこ俺をのぞいてゼロ人だもんね。

 やりたくてもやれない人ばっかりだろし、そりゃ誰もやらないだろう。

 それに、育児スキルが無いと基本無理だろうし。


「あ、そうだ。オーナーなら爆発した理由、分かったりします?」


 ぶっちゃけ、エリクサー以外に爆発した原因はないと思うけど、理由は詳しく知っておきたい所。

 じゃないと、もしこの先、普通のポーションで薬草を育てようと思っても、爆発が怖くて薬草栽培に集中できないと思うから。


「ええと、とりあえず壊れたプランターと、プランターに入ってた土と、エリクサーで育てていた薬草を見せて頂ければ、ある程度は推測できるかと思います」

「でしたら、どうぞお入り下さい」


 お美しいお声で「失礼します」と断ってから、家に上がるオーナーがお美しい。

 ひとまず、錬金セットを置いてある部屋を経由してベランダに出てもらう。じゃないとスリッパが無いからね。


「あら? 魔法の窯、壊れてません?」


 めざといオーナーが、横目で見ただけの窯の破損を指摘した。おはずかしい。


「ええ、そうなんですよ。先ほどもエリクサーを作ろうとしたら、壊れてて」

「…………は? この初心者用の窯で、エリクサーを?」


 オーナーはまたしても不思議そうな、というか若干訝し気な瞳を向けて来てまあお美しい。


「ええ、そうですが、何か?」


 どうにも堪えきれない、といった様子でオーナーは一気にまくしたててきた。


「失礼ですが、壊れるのは当然では!? エリクサーなんて伝説級アイテムの錬成、安い窯で出来ませんよ!? 普通に考えたら一回だって作れませんよ!? 一発で窯が壊れますって絶対! なんですかふざけてるんですか!?」

「安い窯って、これ三百万するんですよ!? 三百万は安くないですよ!?」


 大金! 三百万は大金だからねオーナー!?

 深層もぐった元アタッカーだしマンション経営者だから、金銭感覚バグっちゃってたりします!?


「いーえ安いです! 三百万は安いんです! 多分貴方、一千二百万のキットを買いましたよね!? 錬金術初心者キットを!」


 声を荒げていてもお美しい。ああお美しい。

 お顔の歪み具合もお美しい。

 オーナーのお顔が歪んでるなら全人類も歪むべきなくらいお美しい。


「ええ、まあ」

「商品名で分かる通り、この魔法の窯、初心者用なんですよ! せいぜい通常のポーションが作れる程度の窯です! ハイポーションまでならギリギリ対応可能ですが!」


 となると、メガとかギガなポーションを作ったら壊れる程度の窯ってこと?


「エリクサーを作るのなら、もっと! ちゃんとしたのを使わないと、またすぐ壊れますよ!?」


 ちゃんとしたのって、初心者用の魔法の窯でさえ三百万だよ?

 エリクサー対応のって、……値段、どんだけするんだろ?


「それこそ、最低でも一億円はする魔法の窯が必要です!」

「そんなに高いのが必要なんですか!?」


 いやいやいやいや、俺の貯金残高八百万よ!?

 一億とかむりむりむりむりむりい!


「必要です! ……あ、なんでしたら買って差し上げましょうか? ミルクを助けて頂いたお礼の一部として」


 なるほど、その手があったか。

 でもなあ……。


「いえ、あの、実はですね。……自分もう錬金術はやめようかなと思ってて」

「エリクサーを作れるのにですか!? もったいない! なんてもったいない!」


 そりゃ他人から見たら勿体ないんだろうけど、俺からしたら別にーって感じだよ。


「貴方なら、もっと色んな、素晴らしいアイテムを創り出せる筈ですのに!」


 つってもなあ、そこらへんは今の所、全然興味ないんだよなあ。


「貴方が錬金術をやめるのは、世界の損失ですよ!?」


 いやはや、冗談がお上手で。


「……こほん。興奮し過ぎました。そうですよね、貴方には貴方の事情がありますものね?」


 若干ひきつってはいるものの、にっこり笑顔でそう言ってくれたオーナーがお美しい。


「ええ、どうせ世間に名を売るつもりもないので、レモンちゃんの為にならない錬金なら、別に必要ないんですよ」

「なるほど、そういう事ですか」


 今の一言で全てを察してくれたっぽいオーナーは、納得した様な表情をしてくれた。

 ああ、察しが良くて自分を買ってくれているオーナーが実にお美しい。


「すみません、本題を逸らしてしまいましたね。それで、壊れたプランターはベランダですか?」

「ええ、これです」


 ベランダに出て、とりあえず脇に避けておいた破壊されたプランターと、袋に入れておいた土、薬草をオーナーに見せる。


「…………この土、どこでお買いになられました?」


 さらさらさら。

 オーナーは土が入っている袋をあけ、お美しいお手々を突っ込んだ。

 土にまみれる手が実にお美しい。


「ホームセンターでですよ? 培養土を買いました。いやあ、土って二千円以上するんですね。結構値段が高くてビックリしましたよ」

「…………あのですねえ!」


 勢いよく立ち上がったオーナーが、しゃがんでいる俺に向かって叫んだ。

 ああ、下からの眺めがとーってもお美しい。

 湯之谷山脈がじーつに綺麗だ。


「二~三千円のやっすい土なんかで、薬草が育つ訳ないでしょうが!」


 えっと、あの……育ってますけど?

 お粥で育てた薬草とか、六枚で二千五百円のA5牛の薄切り肩ロースで育てた薬草とか、ドラゴンフルーツで育てた薬草とか、そこらへんに沢山、育ってますけど?


「しかもプランターで、育成蒸気も無しとか! 普通は無理なんですよおおおおおおおおっ!」


 いやいやいやいや、普通にそれで育ってますから。

 俺のやってる事がありえない的な言い方やめてくださいよほんと。

 …………ねえ?

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