010 エリクサーは爆薬ではありません。

 クソガキミルクが帰った後、あまりに大人げなかった自分が情けなくて涙が出て来たのはさておき。


「おじ、さん?」

「うん? どうしたの? エリクサーで育てた薬草はまだ育ち切ってないから、今日はレッド◯ブルで育てた薬草だよ? この薬草、食べると何故か翼が生えるんだよね。やってみたら簡単に空を飛べたから、割と有用かもよ?」


 いつものアタック終わりの夜九時。

 レモンちゃんの様子が少し変だけど、原因が分からないので、とりあえず渡す薬草の説明だけしてみた。


「空が飛べるようになる薬草ってなにそれ……じゃなくて、おじさん! ミルクちゃんを叩いたって本当!?」

「あ゛ー……」


 なるほど、様子がおかしかったのはその情報を得ていたからか。


「優しいおじさんが、女の子叩くなんて、嘘だよね? ね?」


 ところがどっこい、嘘じゃありません! 的な感じで返事するしかないんだけど。


「…………本当だよ?」

「えええええっ!? そんな、まさか!? うそっ!? ほんとなの!? ほんとにほんとにほんとなの!?」


 こくり。

 レモンちゃんが慌てふためき何度も本当なのかと確認してくるが、答えは変わらずイエスだ。

 あーあ、これはレモンちゃんに軽蔑されたかもしれん。終わったかもしれん。

 ……うわやだマジ泣きそう。なんならもう泣いてる。最低でも心は絶賛大号泣中だ。


「おじさんに叩かれるとか、何やったのミルクちゃん……」


 ここ最近の情報を再確認しておく。

 アタック中だったミルクのクソガキは、なんでもモンスタートレイン?とやらに巻き込まれ、もう死ぬ寸前だった。

 しかしレモンちゃんが加勢し、モンスターからの追撃を免れたミルクはなんとか命をとりとめた。

 どてっぱらに穴が空き、瀕死の重症に陥ったらミルクは、即入院。

 だがその当日、彼女は俺の赤ちゃん肌になるエリクサーで完全回復した。

 ダンジョンの受付に瀕死のミルクを任せていたレモンちゃんは、後日、ミルクのその後が気になって病院を訪ねた。

 そこで二人は仲良くなり、病院でコラボ配信をした。主な内容は、ミルクの身体が治った事。

 レモンちゃんの知り合いのおじさんに治してもらったーとか喋ってたらしい。余計な事言いやがってあのクソガキ。

 ちょい前に色々エゴサ?してみたら、レモンちゃんのおじさんを探すスレとか出来てた。しかも賑わってた。クソほど賑わってた。ありえないくらい賑わってた。

 ……いつか、住所とか割れたりするのか?

 本気で怖いんだが?

 どうにかならんのかこれ?

 レモンちゃんだけにしかもうエリクサーも薬草も作らないって決めたんだし、見ず知らずの他人に探されても困るわ。

 大迷惑もいいとこだ。

 超絶迷惑だ。

 万が一でも家凸されたら、ど、どどど、どうしよう……。


「叩いちゃったのは、おじさんも反省してる。大人げなかったよ」


 家凸の可能性がある怖さから一時的に逃げる為にも、情報確認は終わりにするとして。

 レモンちゃんに嫌われたく無い一心で、反省した旨を伝えた。


「いや、おじさんが叩くって、相当の事じゃない? ミルクちゃんに何言われたの? 何されたの?」


 可愛い可愛いレモンちゃんにはちゃんと事情を説明してあげたい気はある。

 でも、でもなあ……。


「ごめん。何言われたかとか、ぶっちゃけ思い出したくもない」


 これだから大人げないって言われるんだと突っ込まれたらそれまでだけど。


「ミルクちゃん関連は、もう忘れたい。……ダメ、かな?」

「あっ! ううん、ごめんなさい! そこまでの事があったなんて知らなくて! 勿論かまわないから! 何も喋らなくていいから!」


 レモンちゃんが物分かりの良い子で助かるよ。

 ミルクには本気でもう関わりたくないし、考えたくもない。

 ザクロ義姉ちゃんに紹介してもらったから安く借りられてるマンションだけど、思わず引っ越しも考えてしまうレベルだし。


「そっかあ、よしよし。辛かったんだね? よしよーし」


 なでなで。

 俺がリストラされて死にそうになってた時以来の頭なでなでしてくれてるレモンちゃん流石に可愛すぎ。まるで天使だ。……いや、マジモンの天使だったわ。女神だったわ。


「……レモンちゃんは、ミルクちゃんと仲良いのかな?」


 レモンちゃんの前では、嫌でもクソガキをちゃん付けしよう。それが最低限の礼儀だろう。


「うん、アタシからしたら、ミルクちゃんすっごい良い子だし」


 良い子なの!?

 あのクソガキ、レモンちゃんの前では猫かぶってるって事!?

 そういやレモン様って呼んでたっけアイツ!


「おじさん、レモンちゃんのお友達を悪くは言いたくはないけど、……関わらない方が、良いかもよ? あ、でも、強制じゃないからね? レモンちゃんが良いなら良いんだ………」


 良い蜜柑も腐った蜜柑に影響されるモノだから、本当は無理矢理にでも関係を断たせたいけど、流石にそうもいかない。


「おじさんがそこまで言うなら、分かった!」


 ふんすっ。

 そんな擬音語が聞こえてくるくらいの、勢いのある可愛い小さなガッツポーズをして、鼻息をふんふん荒くしてくるマイエンジェルレモンたん。


「明日、ミルクちゃんとコラボ配信予定だから、それで終わらせる! 今後一切ミルクちゃんとは関わらないよ!」


 うわ、レモンちゃんにそこまでやらせるの、なんだか罪悪感凄いわ。


「む、無理しないでいいんだよ? おじさんにとってはクソガキだけど、レモンちゃんからしたら良い子なんでしょ?」

「おじさんに害があるなら悪い子だ――」


 ――ぱごんっ。

 唐突に、爆発音が響いた。


「なんだなんだなんだなんだ!?」


 音の発生源は、薬草を育てているベランダ。

 急いでベランダに向かうと、そこには……。


「うそだろ……」


 何をどうしたらそうなるのか、ベランダにあるひとつのプランターが破裂したかの様に壊れており、中に入っていた土がそこらかしこに散らばっていた。

 もし土が人の血だったら完全にスプラッタだ。

 土と一緒に散らばったであろう薬草も、ほぼすべて千切れたりなんだりして、使いものにならなくなっていた。


「なんで、こんな事に……」


 頭の中にふとミルクのクソガキが浮かび上がったけど……、一個のプランターだけ破壊する意味が分からない。


「うわーなにこれ。一体なんの薬草のヤツがこんなんなったの?」

「ええと……」


 プランターに刺していたラベルを探す。

 どこだどこだ? ……灯台下暗し。尻の真下にあった。


「これは、……エリクサーで育ててた薬草だ」

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