流れきて【②】
老人たちは、姿形だけでなく声もよく似ていた。
老人の一人の身体のラインは、やや丸みをおびており柔らかい。
髪は申しわけ程度にしかはえていないが、女性に見えなくもなかった。
「ここはどこだ?」
男の問いかけに、二人は黙って駅名標を指差す。
それを見れば、『三途の川』と記されていた。
夢を見ているのだろうか。
ありきたりな発想ではあるが、あまりにも現実離れをしている今を表すには、夢として片づけるのが一番いい方法に思えた。
「命の終着駅ではあるが、おまえさんはこれからまた次の駅を目指さねばならない」
「どうやって?」
夢だとわかればなんてことはない。
男は冷静に尋ねた。
「今から服を脱いでもらう。おい」
「はいはい」
老人の一人、女性の方が男の服に手をかける。
皺だらけの手を、反射的に振り払った。
何か形容しがたい嫌悪が走ったからだ。
「あんた、何をするんだよ!」
「罪の重さをはかろうとしているだけさね」
「脱がせる必要はないだろう!」
老人たちは顔を見合わせる。
そして、無言で指差す。
今まで、何故気づかなかったのだろう。
そこには、存在感たっぷりな大木がはえていた。
ホーム上で上へ上へと、力強く伸びている。
天辺は、天井を突き破っており見えない。
電車を待つものの為に置かれたイスには、根が絡まっていた。
「おまえさんは、綺麗な水の中を流れてきた。案ずることは何一つないというに」
老人は駅名標を指し、大木を指し、今度は線路を指した。
日本中…いや、世界中探しても、水の底を魚と一緒に走る電車など存在しないだろう。
「生前の行いによって、水の濁り具合もかわる。酷い時は、どぶのような臭いをさせながら流れてくるものもいる」
「服を脱がせる理由になっていない」
「ここにくるまでの服は、罪が染み込んでいる。大木の枝に脱いだ服をかける。罪の重さによって枝のしなり具合もかわる。それによって、電車の行き先が決定するんさね。どちらにせよ、罪をまとったままでは、電車にも乗れない」
老人の言葉の意味を、男は理解できなかった。
いや、理解しては夢を夢として、片づけられなくなると思った。
「おまえさんは、流されてここまできた」
「さっきも同じことを言っていたな。どういう意味だ?」
「普通は死ぬと電車に乗ってここまでくる。しかし、おまえさんみたいに死を受けつける前に死に直面したものは、ただ流されてくる。ほら、そこを」
老人たちに習って、線路を覗く。
先ほどは魚と水草だけに見えたが、幾つもの人が重なり合い、まぶたを閉じたまま漂っていた。
水はやや濁っていた。
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