ゆらり金魚【④/完】

別に神社は逃げるわけじゃない。

それでも心は急ぐ。早く早く、って。

鳥居をくぐるときも、神社の中を走っているときも、最初に感じた怖さというものはなくなっていた。

今日も風が強いな、って思うくらい。



池まで行くと、のぞきこむ。

昨日から考えていた。

右目の金魚だけじゃ可哀想だから、仲間を作ってあげたいと。

わたしは水面に手を浸すと、一ぴきの金魚に狙いを定めた。

 

水面が昨日以上に揺れている。

それでも、なんとかつかまえることに成功した。

今度は、どっちの目にしようか。

迷ったけれど、左目にいれることにした。

両方の目で金魚を眺めることができるなんて!

なんて素敵なことだろう!


右目のときと同じように、金魚は大きさを合わせて目にはいる。

満足して、わたしは神社から家へと帰った。




朝、目覚めたときに、不思議なことがおこった。

金魚が四ひきに増えていたのだ。

両方の目に、二ひきずつ泳いでいる。

びっくりしたけれど、わたしは嬉しくなった。


四ひきもいるんだったら、もうまあちゃんの家にも、神社にだって行く必要もない。

ずっと、金魚たちを眺めていられる。


わたしは、まばたきをした。

え?

さらにまた、金魚が増えている。

視界がぼんやりと、白い金魚の体で見えづらくなる。

また、まばたきをすると、金魚は八ひきに増えた。

まばたきをすると、増えていく金魚。

おかしい。さすがにこれは、喜べない。


どっどっどっ、と心臓がなる。

最初に神社にはいったときに、感じた怖さがよみがえる。

もしかしたら、バチが当たったの?

神さまに、なにも言わずに金魚をとったから?


わたしの疑問に答えるように、ゆらり、と金魚たちが泳ぐ。

思わず、まばたきをしそうになるのを、なんとか我慢する。



とにかく、このままじゃいけない。

わたしは適当な服に着替えると、神社へと急いだ。

池につくと、身を乗りだして金魚たちを戻そうとした。

それなのに……。なんで?

あんなに簡単に目にはいったのに、どんなに目を大きく見ひらいても池に戻ってくれない。

金魚に直接触れようと、指をつっこむ。

痛いだけで、金魚に触ることができない。



池から離れて、賽銭箱がある場所まで走った。

お金はもっていないけれど、鈴を鳴らして神さまにあやまる。


勝手に金魚たちを、もって帰ってごめんなさい。

もう、金魚はいりません。

だから、許してください。

同じような言葉を、何度も口にだして言う。

それでも、金魚たちは消えてくれない。

それどころか、その間もわたしの目の中で増えていく。

だって、まばたきをしないなんてできない。


だれか助けて、だれか。……お母さん。

そうだ!お母さんに話そう。

お母さんは大人だから、助けてくれるかもしれない。


今度は、家へと走る。

もつれて転びそうになりながら、ようやく家につく。

靴を脱ぐと、お母さんを探した。

台所に立つお母さんを見つけると、駆け寄ってスカートのすそをひっぱった。


金魚が泳いでるの。

なんの説明もしないで、そう言った。

お母さんは朝ごはんを作っていた手をとめて、わたしの言葉にこたえてくれた。

わたしは自分の目を指しながら、ほら、見て、中で泳いでるの、と泣きながらうったえた。


わたしには金魚は見えないよ、と困ったように言われる。


わたしは、まぶたをとじる。

それから、お母さんを見た。

見たつもりだった。

金魚、白、白、金魚、金魚、金魚。

お母さんの姿を隠すように、白い金魚がぎっしりと。



ーー助けて……もう、金魚しか見えない。



【完】

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