ゆらり金魚【➂】

いまでもなぜ、そうしたのかわからない。



一ぴきの金魚をつかむと、右目にいれようと顔をかたむけた。

顔に直撃し、金魚は地面に落ちるだけだろう。

そう思った。でもーー。


目の中に、ぱしゃん、とはいってきたのだ。

大きさも目にあわせて、小さくなっている。

ゆらり、と目の表面が揺れる。

白い金魚は池の中とかわることなく、目の中で泳いでいた。


わたしは右目を軽くつついた。

金魚が目の端に泳いでいく。

これって!これで飼うことができるんじゃない?!

それにこんな飼いかた、まあちゃんだって……ううん、他の人にだってできない。



風が強くなってきた。

そのせいで体がよろける。

空を見ると、雲も黒くなっている。

雨が降るのかもしれない。

早く金魚と一緒に帰ろう。

池からでると、裸足のまま神社からもでていく。

怖さなんてものは、なくなっていた。


雨に濡れることなく、無事に家につくことができた。

お母さんになにも言わずに、自分の部屋にはいる。

わたしはベッドにダイブすると、ごろんと天井を見あげた。

ひらひら、ゆらゆら。

白い金魚の尾ひれは、花びらみたいできれい。

金魚が揺れる。

揺れながら目の端までいくと、くるりと回転してまた反対のほうへと泳いでいく。


わたしだけの金魚。

嬉しくて、楽しくて、その日はずっと金魚を眺めていた。




次の日、学校に行くとまあちゃんが落ち込んだ顔をしていた。

理由をきくと、飼っていた金魚が死んだと教えてくれた。

どきっ、とした。

でも、なんとなくの様子でばれていないとわかる。


まあちゃんにも、神社の白い金魚のことを教えてあげようか。

金魚が目の中で横切る。

もし、まあちゃんも目で飼うことができたら?

わたしだけの特別じゃなくなるかもしれない。

そんなのつまらない。

わたしは、唇をかみしめた。

まあちゃんの目を見ながら、可哀想だね、とだけ返した。


授業中も金魚を眺めていた。

ノートの文字を囲うように、ゆらりと泳いでいる。

まぶたをとじる。

暗くなった視界の中でも、金魚が泳ぐのが見える。

これで触れて、撫でることもできたら最高なのに、それができないことだけが残念だ。


いつもならば放課後の教室で、まあちゃんと一緒におしゃべりをする。

でも今日は、行きたい場所がある。神社だ。

まあちゃんがなにか言っているけれど、わたしはランドセルを背負ってかけ足で教室からでた。


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