ゆらり金魚【②】

まあちゃんの家からの帰り道、わたしは神社の前で足をとめた。

学校の裏にある神社ーーだれが管理しているのかも、どんな神さまが祀られているのかもわからない神社だ。


晴れた日ですら薄暗いそこは、虫の声も鳥の鳴き声すらもきこえてこない。

あまりにも不気味だから、いつもならば早歩きで通りすぎる。

……今日は中にはいってみよう。

まあちゃんに金魚のことがばれないように、神さまにお願いしなくちゃ。



歩いてすぐに、中にはいったことを後悔した。

やっぱり怖い。

肌がぴりぴりとするような空気が、わたしを全力で拒絶している。

人間のことが嫌いな神さまなんじゃないかな。

そう感じるぐらいに、居心地が悪い。


もう帰ろう。

そう思ったとき、木々の向こうから水音がきこえてきた。

足が自然に音のほうへと向かう。

ひらけた場所にでたとき、わあ、と思わず声がもれた。

そこには小さな池があった。

近づいて池をのぞきこむ。



ーー金魚が一ぴき、池の中から飛びはねた。

ほんの少し、宙に浮いたあとまた、ゆらり、と他の数ひきと泳ぎはじめた。

金魚たちは、どれも白かった。

真っ白な体は薄暗い中にいても、きらめいて見えた。


まあちゃんの家の金魚とは、全然ちがう。

大きさも神社の金魚たちのほうが大きい。

それに、白だなんて珍しい。

少なくとも、わたしは見たことがなかった。


欲しい。

触りたい。

わたしのものにしたい。



池の周りを囲う石に腰をかけ、金魚たちを驚かせないように眺める。

それなのに、ゆらり、と金魚たちがわたしから逃げるように遠ざかる。

口の端がへの字に曲がるのが、自分でもわかった。


これだけいるのに、どれもわたしのものにはならない。

なんだか、いらいらしてきて、勢いをつけて水中に手を突っこんだ。

逃げる。逃げる白い金魚たち。


生暖かい風が頬にあたる。

それは、段々と強さを増していく。

水面が揺れはじめる。

わたしは靴下ごと靴を脱ぎ捨てて、池の中へとはいった。


一ぴきくらい、わたしにくれてもいいじゃないか。

どうせ、無人の神社ーーだれも見ていない。

まあちゃんの家のときと同じだ。

だから、大丈夫。


わたしが金魚を持って帰ったとしても、ばれない。

怒られない。

怒るとしたら、お母さんだけ。

見つからないように飼うためには、どうすればいいんだろう。


欲しい。

飼いたい。

反対される。

怒られたくない。

たくさんの感情が一度に浮かんで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

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